たまたまネット上で見つけた橘玲さんのコラムから。
ロシアに暮らすとホントに納得できます。不都合や不合理な事実に対して一切手を動かさず、ひたすら表現し続ける国民性、現代ではYou Tubeでもその国民性がいかんなく発揮されていますね。一人一人のロシアの人は開けっぴろげで優しくていい人という印象を持っていますが、それが「国民」として束ねられると、なかなかプラスのベクトルにならない厄介な国です。
以下すばらしいコラムでしたので抜粋させていただきます。
故・米原万里氏の『旅行者の食卓』(文春文庫)から、表題となったエピソードを紹介したい。
ある男が森の中で熊に出くわした。熊はさっそく男に質問する。
「お前さん、何者だい?」
「わたしは旅行者ですが」
「いや、旅行者はこのオレさまだ、お前さんは、旅行者の朝食だよ」
ここでロシア人は、誰もが腹を抱えて笑い転げるのだという。だが子ども時代をチェコのロシア語学校で過ごし、同時通訳として旧ソ連とロシアを100回以上訪れた米原氏にも、なぜこの小噺がこんなにウケるのかまったくわからなかった。
謎が解けたのは、「旅行者の朝食」という名前の有名な缶詰があるらしいことを知ったからだ。

ようやくスーパーマーケットで見つけたそれは、牛肉、鶏肉、豚肉、羊肉、魚と5種類の味のベースがあって、肉や野菜や豆を一緒に煮込んで固めたような味と形状をしている。もちろん好奇心旺盛な米原氏はちゃんと賞味してみた。その味は、「一日中野山を歩き回って、何も口にせず、空きっ腹のまま寝て、その翌朝食べたら、もしかしたら美味しく感じるかもしれない」というものだった。
ソ連時代は、スーパーに行っても缶詰は「旅行者の朝食」しかなかった。だから年配のロシア人は、誰でもその味を覚えている。そこから「旅行者の朝食」をネタにするさまざまな小噺が生まれ、ロシア人はその名前を聞いただけで笑い転げるようになったのだ。
米原氏は、不人気な缶詰を揶揄するために小噺がつくられたことを知って、次のように書く。
「まずくて売れ行きが最悪な缶詰を生産し続けるという膨大な無駄と愚考を中止するか、缶詰の中身を改良して美味しくするために努力するよりも、その生産販売を放置したまま、それを皮肉ったり揶揄する小噺を作る方に努力を惜しまない、ロシア人の才能とエネルギーの恐ろしく非生産的な、しかしだからこそひどく文学的な方向性に感嘆を禁じ得ないのだ」
ロシアに暮らすとホントに納得できます。不都合や不合理な事実に対して一切手を動かさず、ひたすら表現し続ける国民性、現代ではYou Tubeでもその国民性がいかんなく発揮されていますね。一人一人のロシアの人は開けっぴろげで優しくていい人という印象を持っていますが、それが「国民」として束ねられると、なかなかプラスのベクトルにならない厄介な国です。
以下すばらしいコラムでしたので抜粋させていただきます。
故・米原万里氏の『旅行者の食卓』(文春文庫)から、表題となったエピソードを紹介したい。
ある男が森の中で熊に出くわした。熊はさっそく男に質問する。
「お前さん、何者だい?」
「わたしは旅行者ですが」
「いや、旅行者はこのオレさまだ、お前さんは、旅行者の朝食だよ」
ここでロシア人は、誰もが腹を抱えて笑い転げるのだという。だが子ども時代をチェコのロシア語学校で過ごし、同時通訳として旧ソ連とロシアを100回以上訪れた米原氏にも、なぜこの小噺がこんなにウケるのかまったくわからなかった。
謎が解けたのは、「旅行者の朝食」という名前の有名な缶詰があるらしいことを知ったからだ。

ようやくスーパーマーケットで見つけたそれは、牛肉、鶏肉、豚肉、羊肉、魚と5種類の味のベースがあって、肉や野菜や豆を一緒に煮込んで固めたような味と形状をしている。もちろん好奇心旺盛な米原氏はちゃんと賞味してみた。その味は、「一日中野山を歩き回って、何も口にせず、空きっ腹のまま寝て、その翌朝食べたら、もしかしたら美味しく感じるかもしれない」というものだった。
ソ連時代は、スーパーに行っても缶詰は「旅行者の朝食」しかなかった。だから年配のロシア人は、誰でもその味を覚えている。そこから「旅行者の朝食」をネタにするさまざまな小噺が生まれ、ロシア人はその名前を聞いただけで笑い転げるようになったのだ。
米原氏は、不人気な缶詰を揶揄するために小噺がつくられたことを知って、次のように書く。
「まずくて売れ行きが最悪な缶詰を生産し続けるという膨大な無駄と愚考を中止するか、缶詰の中身を改良して美味しくするために努力するよりも、その生産販売を放置したまま、それを皮肉ったり揶揄する小噺を作る方に努力を惜しまない、ロシア人の才能とエネルギーの恐ろしく非生産的な、しかしだからこそひどく文学的な方向性に感嘆を禁じ得ないのだ」



















