昨年、上場企業にいた私は意を決して父経営する中小企業の立て直しのため、転職をすることにした。
遡ること30年、当時祖父が経営していた当社の社員旅行の中に私の姿はあった。
今と違い積極的に社員旅行に社員が参加していた時代である。
社員はつぶれるまで宴会をし、カラオケで吉幾三や北島三郎やキャンディーズを歌ってどんちゃん騒ぎをしていた。
当時私は社長の孫であり、周りの社員にちやほやされながら幼稚園のあいだくらいまでは参加しただろうか。
そのため、私からすると古い社員はみんな親戚のおじさんのようなものだった。
そこから父の代に移り、私はつつがなく学生生活を終えて、就職条件のいい世代ではなかったが、幸い人当たりには自信があったこともあり、上場企業に就職しそこそこの社会人生活を送っていた。
社会人になったうえでも、つきまとうのが「家業をどうするか」である。
家族内でも中小企業を継がせるべきか、上場企業に勤め続けるべきかの議論は紛糾した。
当然である、自分が逆の立場で継がせるかと聞かれると答えはノーだ。
しかし、私には決めていたことがある。
上場企業の仕事内容にワクワクしなくなってきたらそこが潮時である。その時は祖父の期待に応えるとき。
子どもの頃から祖父からはお前が会社を継ぐんだと期待を受けて育った(と思っている)
それなりに教育や経験に金も使ってもらった自覚がある。
既に祖父は他界しているものの、背負った恩をそれで忘れるほど薄情な人間にも育っていない。
現状の社歴を持つ中小企業は1%をはるかに下回る。その中を生き残った会社と支えてきた社員を無下にしてはいけない。
丁度大きなプロジェクトを営業として受注して、完遂した場合その顧客のメンテナンスがメインになりそうなタイミングで、当社の仕事納めに挨拶に行った際、役員に呼び出されて「そろそろです」と打診をされた。
気付けば、私の血のつながりのない親戚のおじさまが当時の1割も残っていない。
当然である。30年も経っているのだ。
父の体調も気になる歳にもなってきて社員の中にも不安がよぎっているのを感じて、決心がついた。
経営をするうえでのリスクと、当面は働き方について不自由をさせることを嫁にも説明をした。
幸い、嫁はそうなることを予期していたらしく、快くリスクを引き受けてくれた。
楽な選択ではないのは明らか。
でもやりがいはある。
さて、自分がどれくらい期待に応えられるか、力試しといこう。
思ったより孤独そうなので日記をつけながら頑張っていくことにする。