'16お江戸の真相(2)名奉行遠山の金さん① | 七面堂九齊のしちめんどくさい話★とんだりはねたり

'16お江戸の真相(2)名奉行遠山の金さん①

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【遠山景元】
寛政五年~安政二年(1793-1855)
江戸時代、江戸町奉行を勤めた者は96名(再任を含め)を数えるが、江戸の町民から最も恐れられ嫌われたのが鳥居耀蔵であり、一方、江戸庶民の味方、弱いものの味方の町奉行として今なお語り伝えられているのが金さんこと遠山左衛門尉景元だパー
父は長崎奉行を務めた五百石旗本遠山家第五代左衛門尉景普(永井筑前守直令の四男)母は旗本榊原忠寛の娘。妻は百人組頭を務めた4200石の高禄旗本堀田伊勢守一知の妹。

幼名は通之進、12歳の時に元服して金四郎景元となった。

遠山家は複雑で、父景普が明知遠山氏分家500石旗本遠山景好の養子になったのちに景好に実子景善が生まれた為、景善が景普の養子となり、更に景元が景善の養子になったショック!。つまり父は祖父でもあるのだ。ただ景善は部屋住のまま没したので景元が嫡孫承祖の形で遠山家を相続したのだが、すでに37歳になっていた。
32歳の時に将軍家斉に御目見、36歳で御小納戸、翌年父の隠居で家督相続。御膳番を経て39歳で西の丸御小納戸頭取格となり従五位下大隅守に叙任、42歳で小普請奉行、翌年左衛門尉となり、さらに作事奉行・勘定奉行を経て天保十一(1840)年江戸北町奉行となったのが47歳。エラくゆっくり目で就任した。

決して町人姿に身をやつして走り回る年令ではないショック!


この金さんのカチンコ
今日と8日の日曜日に時代劇専門ChでOAされる。

むかし(笑)よくやっていた深夜の時代劇映画で観た事があるが、テレビの中村梅之助・杉良太郎・里見浩太郎・松方弘樹バージョンより格段上の出来映えキラキラ
そりゃそうだ映画版金さんは当時の東映重役俳優片岡千恵蔵御大の当り役だったからだ!