秋涼ひと日

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こんばんは。
今日もお越し下さってありがとうございます。
近くの公園は少しずつ紅葉してきています。





美術館併設のカフェへ

かつては画家の方のお住まいでした

入り口からカフェまでの竹林の下り坂


奥のピアノ、弾かせてもらいました


お散歩のご同伴は、ご主人を介護されてる方とご主人を亡くされている方。
「今日と同じ明日が来るとは限らない」
「だから一日一日が大切」というお話は、実感のこもったそして大事な大事なお話でした。


ススキの穂が真っ白く揺れている秋の昼下がり、大切な毎日のこと、大切な仕事のこと、大切な人たちのことを思いました。





 

同僚の先生とお話ししました。

「子供の頃からずっとピアノを習って来て良かったと思うのはどんな時?」

その先生は答えられました。

「どんな時でも」

 

 

あ〜正しい!!

正しすぎて全面同意!

ピアノをやっていない人は「ショパンが弾けたらきっと素敵だろうな」とか「乃木坂が弾けたら楽しいだろうな」とか思うかもしれませんが、それよりもっともっと身近な楽しみが日常の中にあります。

 

1、電車の発車メロディでも街中で流れている音楽でもドレミで聞こえてくる。

 

2、CMを見て「あ、ラフマニノフだ」と瞬時に、異国を感じられる。世界との距離が近い。

 

3、「この曲が好き」と思った時に自分で弾ける。

 

4、世界中の人と音楽で打ち解けられる。

 

5、音楽に限らず聞いたことは覚えていやすい。

 

6、音楽に限らず集中しやすい。

 

7、音楽に限らず一人で人前に立つことに怖気付かない(決して好きではないけれど)

 

 

私は上手には演奏できませんが、それでもこれらは子供の時からずっとやっているからこそ身についたことだと思います。

音楽がドレミで聞こえてくることは普段はなんの役にも立たないけれど、電車好きの子供たちにちょろっと弾くだけで喜んでもらえるって嬉しい。

4、以降はピアノをやっていたからの効果。なぜならこれらはピアノをやっている人すべてに共通していることだから。

 

 

ピアノは実はピアノを弾くという場面だけでなく、生活の場面でこそその価値を発揮していたりします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

子供と大人のレッスンの仕方は少し違います。

 

 

子供には「教育」でもあります。

大人には「教育」ではありません。

 

教育というのは、教え育てると書きます。

子供は、私ごときでも一応大人ですので、技術や知識のほかに大人として「ピアノを通じて人格を育てる」という事も教師として大変重要な役割だと思っています。

 

その一つが「楽しい」の意味を理解してもらうこと、です。

 子供は今に生きる動物です。1年後のことどころか、明日のこと、1時間後のことも基本的に考えてない。

だから今笑えること=楽しいことになります。でもそれだと1年後、明日、1時間後楽しくなくなる場合がある。このことを教えないといけません。

ここで頑張ると1年後こうなるんだよ、今日やることが明日に繋がるんだよ、30分やると30分後にはもう変わるんだよ、それの積み重ねなんだよ、ということ。

 

人間誰しも目先の幸せを考えます。でもそれだと目先の先に幸せがこない可能性もあるってことを子供は知りません。人のこと言えた義理ではありませんが、自分の事は棚に上げてでも伝えなくてはいけません。

 

 

それに対して大人の方は私ごときが育てるものではありません。ピアノの練習の仕方も選曲も取り組み方も向き合い方ももうその方の生きて来た人生そのもの。ピアノの演奏だけはこの価値観でお願いします、とはいきません。

 

 

ただピアノの演奏に必要なことは、子供も大人も同じなんです。

 

・楽器演奏には類い稀なる地道さと根気がいる

・楽しいだけでは達成感は得られない

・チャレンジし続けなければ衰退する

・独りよがりでなく聴く人を思って演奏する

・他人と比べない冷静さと明晰さを持つ

 

 

あ、大人にも教育必要かも、笑。

自分のことは思いきり棚に上げつつ、上から目線でこのことは常に主張し続けていきます!

 

 

 

お弁当

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今日は10時半〜19時半まで個人レッスン。
いつもは10時ですが、今日だけ10時半。

みんなちゃんと練習して来ているかな〜?
私も頑張りま〜す


お弁当とおやつ♪


崎陽軒のシウマイ。秋刀魚の干物。人参とヤーコンのきんぴら。長芋ときゅうりと玉ねぎの浅漬け(いただきました。ごちそうさまです)。ごはんwith青唐辛子みそ。おやつは仙台のお土産にいただいた気仙沼パン




明日のお知らせです。

 

 

11月7日 水曜日 10:00〜

 

小金井市

 

参加費1000円

 

 

先月に続き声楽家の声種についてのお話です。

今月は男声。

声は高さで分かれていますが、「キャラクター」によってもっと種類が細分化されています。

 

もしテノールがカエル役をやる時(ないですが)。

3枚目のふざけたカエルと2枚目の王子様カエル。

ふざけたカエルは軽くて早口の声じゃないとダメだし、王子様は透き通った朗々とした声じゃないとダメだし。ざっくりそんな感じ、です。

 

前回女声の時には例のごとく話が長くなってしまったので、今回の男声では 解説はそこそこ、名歌手たちの歌唱映像をたくさんご紹介します!

お楽しみに。

 

 

 

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お金と地位と名声と

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若い頃は気づきませんでしたが、私はお金も地位も名声も大好きです。そこに付いてくる権力とかも大大大好きです。くれるというなら両手を広げて全部もらって下々に威張りまくりたいです!

 

 

しかし。

もらえるならもらうけど、自分でそれを得ようとするのは大変そうですね〜。よほどの志か、志を捨て切るか。いずれにしてもエネルギーです。エネルギーが必要。エネルギーが人を動かします。


で、エネルギーを使ってお金と地位と名声を得たとする。大事なのはそこから。

 多分それらは一度手にすると手放せなくなってしまうものなのでしょう。必死に守る事を優先させたらいくら強い志を持って始めても結末はお粗末だし、逆に、志なんかなかった人が、ここが目的でなかったと気づいて私利私欲を捨て大きな志に向かうこともある。



「ラブアクチュアリー」という映画があります。その中で、ただモテたいという動機でアメリカに行く男子がいます。実際アメリカに行ってモテて終わりというあっと驚くシンプルさで大好きなんですが(もっと主軸のストーリーはあります)これ、もし行動していなければ一生モテたいと思って生涯を終えるかもしれない。でもアメリカに行ってモテたらその事は終わりに出来る。次、またとてつもなくくだらない事を思いつくとしても。


そうなんです。

目的も、途中の過程も関係ないんです。

行動した人だけが次に進める。



結論はというと、ピアノを習ってみるといいですよ〜というお話です。

あまり経験した事がない事は少し勇気がいるけれど、それでも必ず次が待っている。


神様は勇気を出した人を応援してくれるようになっている、と私は思ってます。












 

 

 

 

朝ごはん

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昨日とうって変わって少し曇り空。

そこはかとなく秋の寂しさを感じる朝です。

 

今日もちゃんと朝ごはん

ピアノじゃなくてごめんなさいね〜。

 

ピーマン焼いただけ タラとお豆腐と白菜の蒸し物

里芋と大根と油揚げの煮物with柚子胡椒 もやしのイカ塩辛あえwith生姜

きゅうりのぬか漬け 茗荷の塩漬け 柿

 

 

秋から冬にかけての旬のものをいただいています。

春には春の、夏には夏の美味しいものがいただけるのは、本当に幸せです。

 

昨日は生姜の甘酢漬け、しめ鯖を作りました。

生姜は新生姜の時期を逃してしまったので、普通の近江生姜で作りましたが、ちゃんと出来るか心配。。

2回茹でこぼしたのですが(といっても捨てません。飲みます)今日ちょっとつまんでみたら辛い、、。

しめ鯖は一度冷凍させるので、食べられるのは明後日以降。

しめ鯖は美味しく解凍するのが難しい。美味しく仕上がりますように、、。


 

 

 

<時>

11月11日、18、25日 日曜日

9;30〜10:45

 

<場所>

小金井市

 

<対象>

5歳〜小2くらいのピアノ初心者のお子様と保護者の方

(パパじゃなくてママやおじいちゃんおばあちゃんも大歓迎です。4歳半とかでも可能です)

 

<参加費>

3回で2000円(教材費含む)

定員10組 お申し込み先着順 

 

普段忙しいお父さんやお母さん、大好きなおじいちゃんおばあちゃんとピアノを一緒に弾く全3回の講座です。

まずは音楽の楽しさ、ピアノを弾く楽しさを体験しにいらしてください。

 

毎回素敵なミニコンサートが付きます♪

 

 

講座終了後は、ジュニアはじめてピアノlearnクラスに移行、継続できます。

 

 

皆様のお越しをお待ちしております

 

お申し込み・お問い合わせはこちら

 

 

 

 

献血

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友人が献血をしたそうです。
献血をしている最中、近くで献血をし終わった方がバタンと倒れてしまったそうです。
倒れてしまった方は「病気の方のお役に立ちたい」という志の高い方ですが、やっぱり一番大事なのは自身の身体ですね。回復なさっているといいです。
 
その話を聞いて、人を助けるには自分がしっかりしていないと助けたくても助けられないんだなと思いました。この場合のしっかりは健康なこと、健康を維持していることですね。
 
それが人生となると、加えて心の健康や自分が幸せであることも人を助けるには必要ですね。
自分は不幸せでも人を幸せにしようとするのは一見高尚な感じですが、献血を考えればやるべき順序が違います。健康な人が献血出来るように、幸せと感じている人が人を幸せに出来る。
まずは自分を助けろっ!自分を幸せにしろっ!です。
 
私はもし自分が不幸せだったら、間違いなく幸せな人をひがみます。妬みます。助けるどころかエネルギーの限り足引っ張って陥れますね。で、自分と同じ不幸仲間にして一緒に「いいこと一つもないよね…。」と傷を舐め合います。それでもまだ相手が自分と同じくらい不幸でなかったら「人生わかってる?この先もっと良くないことが起こるわよ」的に上から不安をあおります。それが不幸中の楽しみとも言えます。
 
アランという哲学者は、幸せは周囲の人に対する義務である、と言ってます。
幸せは伝染する。不幸せも伝染する。
だからまずは自分。
 
 
という訳で、私も健康診断をして献血してみようと思います。