バンコクで遭難2 | 吉澤はじめ MY INNER ILLUSIONS

バンコクで遭難2

しばらく空港でうろうろした。
日本からの長旅+トランジットで相当疲労していたので、一度ちゃんとしたところで横になりたい。
とりあえず今晩はどこかに泊まって、明日になったら大使館に行ってパスポートを再発行してもらおう。

それにしても、英語がわかる人が少ない。
僕はフランス語はおろか、タイ語は全く喋れない。
そうなると半分身振り手振り+日本語。

「No Money!  No Money!」
タクシー運転手を無理やり納得させて、バンコクの中心部に出る。
ホテルを探すが、すでに深夜。
1時間ぐらいうろうろして、やっとそこそこのホテルにチェック・イン。
エアコンの効きすぎでキンキンに冷えた部屋は、それなりに気持ちよかった。
明日からやらなければならないことを、部屋にあった紙と鉛筆に書き出す。
間もなく真っ黒な睡魔が襲ってきた。
倒れ込むようにベッドに横になる。

翌日、徒歩で2時間ぐらい歩き回って、日本大使館へ行く。
窓口の担当者に面会するまで1時間以上待たされる。
フロアの中に小さな別室があり、入室するとしばらくして日本人の係官がやってきた。
厚いプラスチック製の窓ごしに、どうしましたか?と僕にたずねる。
事情を説明し、早くフランスに行くか、帰国できるようにして欲しい。と話す。
すると、係官は事務的に、
「そういわれましても、パスポート再発行するにあたってあなたの身分を確認する手続きもありますし...」
とまるで、僕が置かれている状況など考慮にない、といった返事。
「あなたは会社員ではないので、より確認に時間がかかりそうですね。」

ちょっと、ちょっとー!
今、日本のレコード会社数社の名前を出したでしょ。
僕が、今プロデュースしているACOって歌手は、あなたもさすがに知っているソニー・ミュージック・エンタテインメントって会社に所属していて、ぼくは会社員ではないけれど長年アーティストとして日本で活動しています。
なんで、連絡をとってくれないの?

「それは、あなたの方でやってください。」
........!!

電話一本かけてくれないの?
あのこれからどうすればいいんですか?
「いずれにしても、あなたの場合、再発行には数日かかりそうですね。ちなみに、再発行には5千円ほどかかりますし、空港使用料も3千円ほどかかりますから....」
!!
!!!
あれ、じゃこのままだと今の時点でもうほとんど帰れないじゃない。
お金はかしてくれないの?

「大使館としてお金をお貸しする事はできません。」
!!!!

「とりあえず、今日のところはお引き取りいただいて、知人に連絡してみてください。」
..........それじゃ、今日ここに来た意味ってほとんどないんですけど。。。

それから1時間後。。。
僕は車とバイクが激しく行き交う幹線道路を、体も心もほとほと疲弊しきった重い足取りで歩いていた。
結局、公衆電話は3カ所試したが、どれも国際電話が使えず、店に入ってお願いしても断られた。
最後にだめもとで試した公衆電話がやっとつながるも、どれも留守番電話。
とりあえず、伝言を残す。
今夜これからどうすればいいのだろう。
そう考えながらとぼとぼ歩いているうちに、シャワーのような雨が降ってきた。

おー、これがスコールってやつかー!すごいなー!
とかいってる場合じゃないよ。
雨宿りしないと、本格的にヤバいことになる。
ちょうど幹線道路の下を、川が流れていた。
よし、道路の下に逃げ込もう。
と駆け足で道路脇の階段を下りる。

下に降りると、川縁にたくさんの色とりどりの衣類が干してある。
僕が雨宿りしようと思った道路の下には、バラックのような掘建て小屋がいくつかあった。
雨は、容赦ない勢いで絶え間なく体中を打つ。
考える時間などない。
干してあった衣類を一つ手にすると、それを傘にしながら掘建て小屋の軒下に隠れた。
その時、川向こうから真っ赤なシャツを着た男が、僕に向かって何か大声で叫んでいるのに気づいた。
叫ぶ男は、浅瀬の川を裸足のまま駆け足で渡ってくる。
僕は、戦慄を覚えながらも不思議なほど冷静な心持ちで、彼がこちらに近づいてくるのを見ていた。

つづく