"元奨"の真実 | 吉澤はじめ MY INNER ILLUSIONS

"元奨"の真実


音楽のプロになるのには、
資格も試験も学歴さえも必要ありません。

そもそも、プロフェッショナルかどうかを、どの尺度ではかるのか?
一般的にいえば、音楽で生計を立てている人、ということになるのでしょうか?
でも中には、素晴らしい才能、技術、パフォーマンスを持っていても、
お金を稼いだり、仕事をとる才能に恵まれず、
アルバイトをしながら音楽を続けている人もいます。

好きな音楽で生きていける。

たくさんの人がその夢に向かって、がんばっている。
どんなにつらくても決して翼を折る事なく、
自分の音楽を磨き続けている。
でも、チャンスはかならず訪れます。
それも、一回ではありません。
何度もあります。

唐突ですが、将棋界はどうでしょう?

将棋のプロになる為には、
新進棋士奨励会(奨励会)という機関で実績を積み重ねなければなりません。
トップ・プロさえもおびやかす強豪がひしめく三段リーグにおいて、
上位2位までに入らないとプロ棋士は名乗ることはできないのです。

奨励会には年齢規定があり、
満26才の誕生日を迎える三段リーグ終了までに、
四段(つまりプロ)に昇段できなかったものは、
退会となってしまいます。

言い方を変えると、
子供の頃から将棋を指す事だけに、
人生の時間の大部分を費やしてきた26才の大人が、
退会の日から、将棋を指す事で生計を立てる道を、
ばっさり閉ざされてしまうのです。

去年、将棋界では一つの大きなニュースがありました。

元奨励会に在籍、年齢制限による退会後、社会人となった瀬川晶司さんという人が、
アマチュアとして、プロ相手に17勝7敗の高勝率、トップ・プロからも金星をあげました。
さらに、彼がしたためた嘆願書により、
実に61年ぶりのプロ編入試験が行なわれ、見事に合格したのです。
このことは、将棋界を大きく揺らしました。

月刊誌「将棋世界」に連載されているノンフィクション、
「"元奨"の真実」は大変読み応えがあります。
年齢制限のみならず、さまざまな理由により奨励会を退会していった人たちの、
生々しい人生絵図が、抑制のきいた文章で、迫力たっぷりに描かれています。

その狂おしいほどまでの将棋に対する愛情、夢、そして憎悪。
激しい喪失感のまっただ中にいて、
かつ、社会に適応しなければいけない現実に直面し、
それらを乗り越えてゆくさまは、
息が詰まりそうな切迫感にあふれています。

かなり、辛口で塩っ辛いかもしれませんが......
もし、書店で見かけたら、ぜひご一読をお勧めします。

さて、余談になりますが、
瀬川さんの一件もあり、今年になってプロ編入制度というものが創設されました。
アマチュア・女流棋士に対して、
奨励会に入会せずとも、編入試験によりプロになれるという新制度です。

プロの世界は、どの世界も厳しいと言いますが、
「組織ありき」の将棋界ならではの難しい線引きもあるのでしょう。

しかしもっとも大きくて根本的な問題は、
僕たちの世界もそうですが、
よりたくさんの人々に自分たちの仕事の魅力を伝える、
という普及に関わる事だと思います。

ちょっと、話がずれてしまいましたね。
今日はこの辺で...