ファラオと黒い蝶 | 吉澤はじめ MY INNER ILLUSIONS

ファラオと黒い蝶

黒い蝶が舞った。
確かに黒い蝶が舞ったのを見た。

ファラオのメッセージが夜空にこだました瞬間に。


修善寺駅
一足先に修善寺にあるメタモルフォーゼの会場に着いたメンバーはやや落ち着きなくファラオを待った。
メタモ会場
山の中の広大な敷地に広がる会場。
予報では雨が降るといわれた。

ファラオの到着は遅れに遅れた。
交通渋滞に加え、ドライバーが道に迷ったため、一時はプログラムの変更も考えた。
アフリカのコンゴからやってきたKonono No.1が演奏をスタート。
ファラオはまだ来ない。
演奏終了後メンバーと写真を撮った。
konono

ファラオが到着したのは、その直後。
ぎりぎりセーフ。

ステージのサウンドチェックをはじめると、そのサウンドチェックの音につられてお客さんが集まってくる。
すでにもう盛り上がって、歓声まで聞こえてくる。
いやがおうでも興奮は高まる。

ステージが「愛の河」のイントロでスタートした時には、はるか遠く出店が立ち並ぶところまでお客さんが詰めかけてくれた。
リハーサルをほとんどしていないにも関わらず、ステージの中音はばっちり。
オーディエンスの反応のよさからも、外の出音もかなりバランスがいいことがわかる。
思わず、池メンの方を見てニンマリしてしまう。

2曲目「Into the sun」
ベンベの登場によって、レイブ特有の地底からわき上がってくるような、独特の盛り上がりを見せはじめた会場。

オリジナル・メンバーのみによる演奏で「KAZE」
後半にかけてピアノ・ソロのフレーズと、聴衆とのコール&レスポンスがおきて、聴衆とさらに一体化したのを実感。

流れるようなリズムで、ユキミがステージに登場。
繊細だけどボディがしっかりした彼女の歌声。
深みのある切なさをともなった響きが空気を変える。
彼女の「Afloat」を待ちわびていたファンは大喜び。

最高のお膳立てができあがったところで、「The Voyage」のイントロを弾きはじめる。
やがて、そのイントロがファラオの登場を意味することを理解した人たちが声を上げると、あっという間に、まるで地鳴りのような歓声が全体に響き渡った。
マサヤンがファラオを紹介するMCもかき消されるほど。
そして、「ファラオ・サンダース!!!」とマサヤンが大声を張り上げて、腕をステージの袖に振ったとき、なんとファラオはステージの中央にいた。
そう。
ファラオは、マサヤンが気づかないうちにもうステージに出ていたのだ。

導入部のテーマを、二人がユニゾンで吹き始める。
あとから聞いた話によると、すでにその時、多くのお客さんが泣いていたらしい。
かくいう僕も、ライブのステージに一緒に立ったファラオが自分の書いたメロディを吹いている、という現実に何かこみ上げるものを感じた。

ソロのオーダーは、誰が決めたでもなくファラオからはじまる。
しょっぱなから、自ら吹きたい衝動を抑えられないというような、猛烈なエネルギーを感じる。
それはとめどなく溢れ、どまるところを知らないよう。
やがて、大空を獰猛にはいずりまわる龍のような咆哮がはじまって、天を突き抜けるような爆発的な裂音を鳴り響かせた。
それは、トランス状態にはいった聴衆の絶叫の渦をも呑み込んでしまうほど。
マサヤンがそれに絡みはじめて、嵐のようなサウンドはカオスとなり、頂点をむかえた。

僕にソロがまわってきた。
巨大な遠心力がついたスピードにのって、今まで弾いたことのないようなフレーズが自然に飛び出してくる。
弾いた直後に、それが少し前にファラオが吹いたフレーズの展開形であることに気づくが、それを引きずっているひまはない。
自分はその激流の中心にいるのだから。
猛スピードで移動する瞬間の連続をスローモーションのように捉えながら、ただ無心に音を紡いでゆく3人。
その舞台の中央にいる自分。
池田のビートは、やわらかい面をとらえてバウンドしはじめ、やがて倍速の4ビートに展開してゆく。
スイング!スイング!スイング!
ハッと気づくとすぐ前方にファラオがいた。
じっと僕を見て、口元に笑みをたたえている。
アッと思い口に出そうになって、そのまま再びビートのマトリックスの中に舞い戻ってゆく。
そして、怒濤のように流れるサウンドの中で、昇天。
南無~。

ラストは、「You've got to have freedom」
聴衆のボルテージはここで最高潮に達した。
二人のボーカリストが再びステージに上がり、You've got to have freedom!You've got to have peace in love!!と歌い始める。
僕は常にメロディを紡ぎだすことで、ヴァイブを送り続けた。
ファラオが「この曲は、常にピアノがソロをとる。そういう曲なんだ。歌も、あのサビのリフさえもバックリフなんだ。」といったのを思い出しながら。
もちろん、ファラオがあのサビのリフを吹いたら、時空のすべてがそれに巻き込まれて竜巻のようにドライブし始めることは知っている。
でも、かれは他人任せにせず、自分任せで音楽しろ、人に巻き込まれるな。といってくれたのだと思った。

そして、とうとう、その瞬間が訪れた。
ファラオがおもむろにマイクに近づいてゆく。
「ンッダダッダダッッダア~~~~~!!!」

それは、どこまで響いていったのだろうか?
宇宙の果てというのがあるとすれば、おそらくその果ての向こう側かもしれない。
とにかく、僕らはその向こう側までごっそり根こそぎ連れて行かれた。
いや、連れて行かれたのではなく自分たちの意志で飛んでいったのだ。
そしてその瞬間、僕の目の前に黒い物体がバタバタバタッと音を立てて飛び上がった。
いや正確に言えば、音は聞こえなかった。
けれど、ものすごい勢いでそれが目の前に入ってきた。

「幻覚!?」

幻覚ではなかった。大きな大きな黒い蝶だった。それが、僕の肩越しからステージ中央に向けて飛び立っていった。
まるで出来すぎた映画のワンシーンのように、その蝶はステージを横切っていった。

そして、永遠のような一瞬の夢のような、そして美しい絵画のようなステージは終わった。
雨は降らなかった。
ファラオと