今日は、母と丸一日お出かけだったのですが、ひとつ気付いたことがありました。

 

ずっと一緒にいたのでちょっと疲れたんですけど・・・。

 

自分の言動を、もう一人の自分にチェックしてもらっていたのです。母との会話において。

 

 

 

セラピーの先生に、

 

「相手のことを丸ごと受け入れるコミュニケーションの重要性」

 

を教えてもらいました。それ以来、会話において、できるだけオウム返しをするように心がけています。特に、対母において気をつけています。

 

対父ではなく。

 

なぜかというと、母のほうが好きだからです(笑)

お母さん大好きだし。お母さんを愛しているから、気持ちよく喋ってもらいたいのです。

 

お父さんは別にいいや。

 

 

 

でも、意外と自分はできていない、ということに気付いた一日でした。

 

母が何か言っても、はじめは、

 

「うん、うん」

 

と、聞けていても、だんだん“自分の意見”が顔を出してきて、ついポロっと、

 

 

「○○してみたら?」

 

と、言っちゃっていました。

(別に言うことが悪というわけではないのですけど、今回は、訓練的な意味で会話をしていたので;)

 

 

案外、相手のことを丸ごと受け入れる会話って、難しいな、と感じました。

 

 

特に、“自分の意見”が出やすい場面というのがわかってきました。

 

 

「相手が、弱みをみせたとき」です。

 

 

相手が、あることに対してコンプレックスがあったりして、「どうせ、できないよ、私には」なんていう感じがみえてきたり。

 

「こういうことで悩んでいるんだ」ということを(ちょっとしたことであっても)、話してきたようなとき。

 

 

思いやりを持って、「こうしてみたら?」とか、「こうすればいいよ」とか、言っちゃうみたいなんですよね。

 

いや、別にそれはいーんじゃないの?

 

って声が聴こえてきそうですが、

 

 

相手は、「どうしてもできない事情」があって、その年までそうして生きてきているわけで、そんな相手にひとこと「こうしたら?」って言われて変えられるような悩みって少ないと思うんですよね。

 

もしかしたらそのアドバイスがストライクすることもあるかもしれないけれど、それは確率的に物凄くすくないから、「聞いてあげる」というのが、最も相手にとって愛のある行為なのだと、思っています。

 

ていうか、弱みをみせているのに、受け入れずに、「こうしなよ」って言うという行為は、ある意味、かなり酷なことですよね。せっかく心の柔らかい部分をオープンにしているのに、そこを受け止めずに(心理的には)ダメ出ししているというわけだから。

 

 

 

しかし、難しいんだ!コレが!!

 

 

 

 

ただ、できたこともありました。

 

 

うちの母は、いつも、「誰かのサポート役をする」ことに慣れています。

 

これって、さそり座さんの特徴・・・なんてよく言われるんですけど、うちの母の場合は、生まれ育った家庭環境が大きいと思います。

 

だから、私が、ぼそっと「○○に行きたい」って言ったのを聴き逃さずに、さりげなくそこに連れていってくれたりします。

 

 

すごく優しいんです。

 

優しいし嬉しいんですけど、

 

 

なんだか、いつも、「申し訳ない」。

 

 

 

だから、今日は覚悟をしました。絶対に「○○したい」って言わないぞ、と。

 

特にごはんの時に、「○○が食べたい」と言わないことを決意しました。

「今日は、なんでもいい感じだから、お母さんの食べたいものにしよう」と。

 

そうしたら、いつもは決め慣れていない母。

 

ものすごく混乱して、20~30分くらい放浪しました(笑)

足が棒のように・・・でも不満は言いません。

 

 

放浪のうえ、でた言葉は、

 

「決められない・・・助けて・・・うん、もうお昼ごはん食べない」

 

 

 

どんだけw

 

 

それでも、心を鬼にして、がんばって決めてもらいました。

 

納得できるものが食べられて、幸せそうな母をみれて、こちらがほっこり嬉しかったです。

 

 

 

そう、こっちのほうが、嬉しいもんだ、と感じました。

 

 

自分がしたいことをする喜びよりも、相手を幸せにする喜び。

こちらのほうが、実は、大きいのかもしれません。

 

 

あんまりワガママすぎるのも考えものですが、何事も、バランスが大事ですね。

 

 

なんの話でしたっけ?

 

ああ、オウム返しはあんがい難しい、という話でした。