11月23日、門司大里教会では「2017年度研修会」が開催されました。

これはどちらかというと、普段この教会で礼拝をまもっている人々を対象に、一年に一度、テーマを決めて、話し合ったり学び会ったりするもので、以前は「修養会」といっていました。

「まあ、修養というより、親睦の要素のほうが強いよね」

と中村先生がおっしゃって、以来「研修会」と名称を変えました。もっといい名称があるかもしれません。

 

 

今年の「研修会」のテーマは「信仰を受け継ぐ」

 

狭義に「伝道」とか「信仰の継承」とか、宗教の枠に当てはめてしまわないで、自分がイエスを受け入れたのも「受け継いだ」のだし、イエスの愛を隣人に届ける、というのも「受け継ぐ」ことになる、というくらいのゆるーい感覚で、午前中から夕方近くまで、研修しました。研修というより、証のし合いという感じでしょうか。

 

わたしたちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。ところが、神は知恵のある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。

神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。(Ⅰコリント1章23-31)

 

はじめに短い礼拝が行われ、「Ⅰコリント1章23-31」が読まれたあと、中村牧師のショートメッセージをいただきました。

礼拝の後、「スピーチ」として、教会員から二名の方が、キリストに出会ったいきさつと、それによって変えられたことについて証をして下さいました。

お二方とも信仰生活数十年というベテランで、そのせいか、肩の力の抜けた、個性的で、笑いあり、感動ありの、楽しい証をしてくださいました。

お二人に共通していたのは、非の打ち所のない立派な信仰者であろうとかいう気取りがないことじゃなかろうかと思いました。とても自然体で、無理がない。だから聞いているこちらもリラックスできる。

 

昼食を挟んで、グループセッションとなりました。

出席者を三つのグループに分けて、それぞれのグループで、キリストとの出会いや、どう受け継いできたか、自分がどう変えられたか、これからどうバトンタッチしていくかをお喋りしあうのですが、喋り始めると、もうみんな止まらないんですね。こういうテーマでお喋りするの、みんな大好き(笑)。写真撮影のために各グループをまわってみましたが、3つのグループともとても盛り上がってしまいました。

 

ところでこの「研修会」に臨むにあたって、僕には、みんなにぶつけたい質問がありました。

 

「なんのために、信仰を継承するの?」

 

教会学校のスタッフをやっていて、聖書の神秘を語り、イエスの愛を語り、神の偉大さを語り、・・・でも、じゃあ目の前の学生たちを、僕はクリスチャンにしたいんだろうか、と自問した時に、

YES、とも、NO、とも答えられない自分を発見します。

 

たしかにマルコ福音の最後の箇所には、イエスの宣教の大号令があります。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」

しかし、たとえば東方アジアでキリスト教人口の多い国といえば、フィリピンと大韓民国でしょうか。これらの国は、日本と比べて、神の国に近いでしょうか? 僕は決して、日本がフィリピンや韓国のようになったらいいとは思いません。

じゃあ何のために信仰の継承が必要なんでしょう?

それが本当に、相手のためになるんでしょうか?

自問して、自答できなかったこの問いを、教会員のみんなに考えてもらいたかったのです。

 

で、グループセッションの時に、この問いを持ち出してみたところ、

グループのメンバー、これがみなさん僕のようなヒヨッコと違って、僕が生まれた時にはすでにクリスチャンだったようなベテラン信仰者ばかりなのですが、そのみなさんが、口をそろえて同じことをおっしゃいました。

 

「わたしたちはただ、種を蒔くの。水を注ぐの。あとは神さまにお任せで、いいんじゃない?」

 

本当にみなさん、いい意味で力が抜けておられます(笑)