私がいた会衆は、7人の長老がいました。
6人だったかな?
成員はたしか90人くらい。
記憶にある最初の人数は4人でして、
そこから増えたかたちです。
それだけ人数がいるとなかなか一枚岩とはいかず、
長老内でグループができあがります。
昔からいた4人。
外部から新しく入った人。
その会衆で長老に任命された若手。
外部から入った主宰(調整者?)が『右』といっても、
昔からの長老はなかなか従いません。
そんな感じで、
集会の後は第2会場でいっつも会議。
ブラインドをキッチリ閉めてね。
主宰がため息をつきながら
トボトボと帰ってゆく後ろ姿は今でも忘れません。
そんな主宰も、会衆の改善をあきらめて他の会衆に移り、
新しく入ってきた主宰が、2世のガチガチタイプ。
おかげで会衆はさらに残念な方向へ。。
でも、一度でいいから我が家に来てほしかった。
1年半、別居により不安や孤独でボロボロになったあの時。
会衆の成員を心から気づかうのであれば、
奉仕とかのついでにちょっと寄るくらいできるのでは?
釣った魚に餌をやらないとはよく言ったもので。
野外奉仕に打ち込むことだけがJWなら、
世間に求められていない以上本当に意味のない団体ですよ。
長老同士まとまらないのはよいですが、
せめて、成員は気遣ってやってくださいよ。
ちなみに、
実際に長老が我が家に来てくれていたのなら。
私は組織を離れることはありませんでした。
成員を牧さないことについて
長老はエホバ神にどう言い開きをするのか。
聞ける機会はないでしょうが、とても気になります。