新宿区「落合南長崎駅」界隈の廃屋群-37から更に先へ進むと、この「無人の建物」があった。

たぶん、「廃屋」ではない。ただし、使われていない建物だろう。嘗ては何かの店舗或は事務所だったのかもしれない。

生活道路側から見上げる限り、2階も空っぽ。だからと言って、その上下の関係が分かるようなこともなかった。まあー一般的に考えるなら、同じ所有或は占有関係と見るのが常套だろう。

 

この廃屋の旅は毎日どこかで行っている訳ではない。仕事が休みの休日のほぼ半日を使って、毎回特定の「最寄り駅」界隈をぼんやり顔で歩く。要は全ては「散歩の途中」と言った風情の中で行っている。

皆さんの散歩の仕方は知らないが、この廃屋の旅散歩は四季行う。だからと云って、季節感はまるでない。敢えてそうしたものを求めている訳でもないので、然程必要はない。確かに必要はないのだが、旧家人が育てていた樹木や草花がそのまま放置されていることも多いので、そうしたものが唐突に目線に入ることもある。特に春の季節はそれが多い。梅も桜もバラもある。しかし手入れがされていないので、むちゃくちゃに絡まった植物なども多く、鬱蒼とした竹林まである。また果樹もあり、誰のためなのか、毎年せっせと実を付けているナツミカンや柿などもあるが、それでもたぶん、数は年々減っているのだろうと・・・。

 

なぜ、ここのような季節感も無ければ、自然も一切ない「無人の建物」のことなのに、季節感を思い起こさせるようなことを、ここで書き始めたのだろうか。それは自分でもよく分からない。

新緑の季節で、誰もが心地よい外気に触れて楽しみたい季節に、また緊急事態宣言が出されようとしている。当然のごとく、この廃屋の旅もそれに強く影響を受ける。街中をただ黙って散歩のようにぶらついている旅は、人々の「途切れてしまった息吹の欠片」を探して歩く拙いものだが、それすらこのご時世ではやや難しい。

撮影日:令和3年3月26日