灰の色

灰の色

黒+白=灰の色

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出来る人と出来ない人の違いはどこにあるのでしょうか。

僕の周りにも出来る人と出来ない人がいますが、出来る人達を見ていると分かることがあります。

それはみんな自分に自信を持っている、ということです。

自分の仕事に自信を持って取り組んでいる人は、人から一目置かれる存在になります。

逆に出来ない人の特徴は、自分に自信がなく、何をやっても人に確認したり、何度も何度もやり直したりと、ムダな事をしている時間がとても長く、失敗してもすぐに人のせいや、物のせいにして、責任を逃れようとします。

この中でも、出来ない人の一番の特徴は、やはり、何でもかんでも人(上司など)に聞いたり、確認したりするところでしょう。

本当に分からない事は聞くしかありませんが、出来ない人は、ちょっと考えれば分かるような事や、以前も同じような事があったにも関わらず、すぐに聞きにいきます。
上司はその度に答えなければいけないので、はっきり言って迷惑です。

では、出来ない人はなぜすぐに聞きに行くのでしょうか?

自分に自信がない、というのも理由の一つでしょうが、大きな理由は、<span style="text-decoration: underline;">責任逃れ</span>にあるのではないでしょうか?

上司にお伺いをたてる事で、何か問題があっても、上司の指示だ、などと言って逃げる事が出来るので、自分の仕事に保険をかけているのです。
そのくせ、上手く行った時はドヤ顔で、成果を見せびらかし自分1人の物にします。

果たしてその成果はその人の物でしょうか?

自分では何も判断せず、人に聞いて、指示してもらってやった仕事は、自分の仕事とは言えません。

もっと自分の仕事に自信を持ち、自分の実力に不安があるのならもっとスキルを磨いて、全力で仕事に望むべきだと思うのです。

いつまでも、人に確認しなきゃ出来ないような仕事をしていたら、出来る人と出来ない人の差はどんどん大きくなり、取り返しのつかない所まで行ってしまいます。

そうなる前に、早く自分の仕事に自信が持てるように頑張りましょう。
多くの人は失敗すると他人のせいにして、責任逃れをしたがります。

確かに、本当に他人のせいで失敗する事もあるかもしれませんが、そこであいつが悪いんだ、俺がやってれば上手く行った、などと言っているのでは、全く成長しません。

では、成功者の皆さんはどう考えているのか?

至ってシンプルです。

『失敗は全て自分の責任』『成功は人様のおかげ』と考えているんですね。

このマインドを持っている事で、失敗をプラスに変える事ができるのです。

失敗を他人のせいにしてしまっては、そこからは何も生まれません。 なぜなら、他人は変えられないからです。

ですが、自分の責任と思う事で、そこから何か打開策を考える事が出来るのです。 自分は変える事が出来ますからね。

逆に、成功を自分一人の成果だと思っている人間も成功しません。

成功は他人のおかげだと思う事で、人間的に深みが増します。

考えてみてください。前者と後者、どちらが人間的に魅力的に見えるでしょうか?

成功、お金、人脈、運、これらは全て人が運んできます。

つまり、魅力的な人の方が人は集まりやすいですから、成功、お金、人脈、運、なども集まりやすい、という事になるのです。

成功者になるという事は、成功者になる為のマインドを持つ必要があるんですね。
人生は行動しないと何も始まりません。

どんなに良いアイディアが浮かんでも、どんなに最強のノウハウを手に入れても、それを使わなければ宝の持ち腐れになってしまうのです。

たとえ、200万円の当れば絶対ホームランというバットを手に入れて、バッターボックスに立ったとしても、そのバットを振らなければ、絶対に当りませんし、ホームランも打てないのです。

ですが、頭では分かっていてもなかなか行動に移す事が出来ないのが現実です。

では、なぜ行動に移せないのか? それは例えば、やる気が出ないんだ、とか、自信がないんだ、とか、成功する確信がないとか様々あるでしょう。

しかし、人は何もやる前から、やる気は出ないようになっているそうで、何かをやり始める事で、やる気が出てくる仕組みになっているのです。 つまり行動しなければ、行動する気が起きないという事です。

例えば、部屋の掃除をしなくてはイケないけど、やる気が出ない。そんな時、ちょっと立ち上がって、何か一つ物を片付ける事で、どんどんやる気が出てきて、部屋中ピカピカにしてしまった。なんて経験もあるんじゃないでしょうか?

人は何か、別の事でも良いので、少しだけ行動すれば、どんどんやる気が、出てくるものなのです。

今、実際この記事を書いている僕も、朝一から釣りに行く予定が入っているので、4時30分起きなのですが、今2時15分です。 この記事を書き始める前までは、明日も早いし、やる気もでないので、今日は書くのをヤメて寝ようと思っていたのですが、寝る前にちょっとだけブログのデザインを修正しようと、Macの前に座って弄ってると、メラメラやる気が出て来て、今のこの有様ですw 正直、寝たいのですが、やる気が勝っています。

次に、自信がないとか、成功の確信がないとかっていうのは、やってみなければ、自信も得られませんし、確信も得られません。

たとえやる前から自信満々で、成功を確信していても、行動しなければ、それが正しいのかを証明する事も出来ませんし、本当に成功する事は出来ないのです。 まさに絵に描いた餅ですね。

もし、人生を変えたい、何かを得たいと思っているのでしたら、考える事も大事ですが、まずは行動することです。

そこから、道は開かれるのです。

 

この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。
踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。
迷わず行けよ。行けばわかるさ。   Byアントニオ猪木

 

 
素晴らしいアイディア見つけ出すコツは常識にとらわれない事だ、とよく聞くが、もうその事自体が、常識になっていしまっている。

常識に囚われないで考えようとしているのに、その事が常識なので、結果、常識的に考えている事になる。

つまり、常識的な事を考えれば常識に囚われない、という事か?

こんな事を考えると訳が分からなくなるが、僕はそんなくだらない事を考えている時間もとても好きだ。

そして今思いついたが、この考え、アイディアがまさに常識に囚われていないという事なのか? ならば常識的な事を避けずに、あえて常識的な事を考えると面白いアイディアが思いつくかもしれない。

・・・・ !!

面白い事を思いついた。あえて常識に真っ向から突っ込んだとても素晴らしいアイディアだ。

とりあえず作ってみて、面白いか面白くないか判断しようと思います。

 Y.Akiyamaのブログ-iPhone5

たまたま立ち寄った電化製品屋に、たまたま入荷したiPhone5があったので、運命を感じ買ったw

今回(5)は初期ロットはスルーして、しばらくしてからにしよう、と思ってたら、やたら在庫不足?なのか?で入荷未定とか言われて、やる気なくしてた時の出来事だったので、ラッキーな気分^^

4Sは白だったので、今回は黒にしてみました。  画面の長さにまだ慣れませんw

今の自分を変えたくて、昨日から朝の読書を始めています。
まずは生活習慣からだ、と思い、いつもより1時間早く起きて、読書を始める事にしました。

妻も1時間早く起きて朝食を作ってくれるので助かります。 無理しなくて良いよ、と言ったのですが、妻も、今年の夏に、初めて実施されたサマータイムの際に、1時間早く起きる事の良さは実感していたらしく、苦にはならないようです。

まだ1日しかやってないので、偉そうな事は言えませんが、これだけは言えます。"眠い"です(笑

ですが、確実に頭が冴えまくってるのを感じました。 自分でも頭の回転数が上がっているのを感じ、記憶力も増していると実感しました。 気分も清々しいですし、"早起きは三文の徳"とは良く言ったものです。 デメリットを感じません。   眠いですけど…

これからも出来る限り続けていって、どんどん知識量を増やし、迷いを払拭し、決断力を高めていけたらと思います。
今僕は迷っています。というより何に迷っているのか分かってないからもっと質が悪いです。

僕は昔から人から指図されるのが嫌いで、右を向け、と言われれば左を向くタイプのいわゆる天邪鬼な人間だった。 皆が良いと言えば全力で否定し、皆がイヤだと言えば全力で褒めた。 そんな性格だから何度か道を外れた事もあったが、何とか更正してまじめに生活をしてきた。(つもり)

だけど、まじめな生活を送っていた結果、昔持っていた反骨精神は失われ、いつも人の顔色ばかり気にして、"NO"と言えない面白みのない男になってしまった。 まじめの意味を履き違えていたのだ。
人の顔色を伺い、決してNOとは言わず、長いものには巻かれる。それがまじめに生きる事だと勘違いしていた。

だけどそれは違うのだ、と最近になって気が付いた。危うく骨の髄まで腑抜けやろうになってしまうところだった。

別に、逆らわない事が、まじめな生き方ではないし、周りに合わせる事が、正しい生き方じゃない。むしろ逆だ。流れに逆らわず、周りに合わせて生きていくなんて、とてもつまらないし、個性がない。
周りに合わせつつ個性を発揮するなんて、ムリだろう。 完全に綺麗事だ。
そう思うようになった時から、昔持っていた反骨精神が甦ってくるのを感じた。
このままずっと人に使われて生きていくのか? ヘコヘコ頭を下げて、上司の機嫌を伺って生きていくのか?  そんなのまっぴらゴメンだ!
もし頑張って出世して、社長まで登り詰めたとしても、結局、人か作ったものを譲ってもらってるだけじゃないか! そんなのこっちから願い下げだ!
そう考えると、僕に残された道は起業しかない。 起業すれば人に使われる事もないし、好きな事で金儲けが出来る。そう一念発起し、勉強を続けて来た。

しかし、今、土壇場になって足が竦んでいる自分が居る。 何に迷っているのか、何を恐れているのかが、はっきり分からない。
アイディアもあるし、プランも出来てる。根拠はないが多少の自信もある。しかし一歩が踏み出せない。
今まで読んできた色んな本達が、背中を押してくれるが、一歩が出ない。 起業する事は決めている。そのつもりで計画も立てている。起業の事を考えるとワクワクして眠れない。今すぐにでも会社を辞めて、仕事を始めたい。
だが何故か辞めますの一言が出ない。そんな自分が悔しくてたまらない。

これが思考停止した生活を続けて来た事の、後遺症なのか? もちろん家族が有る身だから多少の足枷になっているのは確かだが、理解ある妻で、「いつでも辞めて来ていいよ 」と言ってくれている。 家族の応援もあるというのに、、、自分でも理解できない。

 

とにかくこのままじゃ前に進めない。今の自分を変えるしかない。 今の自分を変えて、前へ進むしかない。

だけどどうやって自分を変えればいいのだろう? そうそう簡単に人は変われない。 そこで思いついたのが、小さな事から変えてみる、という事。
まずは生活習慣から変えてみる事にする。 とりあえず明日から1時間早く起きて、朝の読書を始めてみる事にす。 朝の1時間で本を読む事で、帰ってからの読書や、勉強の時間も1時間多く取れる。 残業などで帰宅する時間はまちまちだが、朝はいつも同じ時間なので、1時間早く起きれば、1時間きっちり時間が取れる。

この朝読書で、さらに教養をつけ、自信をつける事で、一歩踏み出す勇気を手に入れたい。

結果はどうなるか分からないが、このブログで良い報告が出来る事を祈っています。
以前のエントリーで、人生において夢を持つ事は重要だ、と語りました。夢を持ち、目標に向かって前進して行く事で人生をより豊かにしていきます。

僕にも夢があり、まさに、今この時も目標に向かって前進していますが、最近ある事に気が付きました。それは、僕は夢を見ているんじゃない、人生の計画を立てているのだ、と。

夢には大きく分けて2種類があります。大きな夢と、小さな夢です。大きな夢は、人生の最終目標のようなもので、どちらかと言えば抽象的な夢の事です。 一方、小さな夢、というのは、より現実的で、比較的実現が簡単な夢の事を言います。 これを僕は、夢の二重構造、と読んでいます。

流れを言うと、大きな夢 > 小さな夢 > 目標 となり、大きな夢を叶えるには、小さな夢を実現し、小さな夢を実現させるには、目標を達成していかなくてはなりません。

ここで重要なのは小さな夢です。小さな夢を実現させなければ、大きな夢は叶いませんし、小さな夢がなければ、目標も出来ません。 つまり人生は、この小さな夢を持つ事で豊かで楽しいものになっていくのです。

ポイントとしては、小さな夢をいかに現実的な所まで落とし込めるかです。それはほぼ目標に近いレベルになりますが、小さな夢を幾つも持って少しずつ実現させる事で、大きな夢をつかめるのです。

 

さて、ここからです。夢をより現実的に捉え、必ず叶うと信じて止まなければ、それはもはや夢ではなく、計画になります。 僕はその事に気が付きました。 夢が叶う事が前提で人生を計画しているのですから当然です。バカだ、と思われるかもしれませんが、今の僕は夢が叶わなかった時の事など、考えていません。

この考え方には、二つの利点があります。 まず一つは、夢をより現実的に捉え、実現させる為の目標が明確になり、やらなくてはならない事と、やらなくてもよい事がはっきりします。この事で夢の実現が、ぐっと近づきます。
二つめは、もし、万が一、夢が叶わなかった時、凄くネガティブな感情に苛まれますが、計画だと思っていれば、計画は変わるものですし、そもそも物事は計画通りには進まないものなので、すぐ次の計画に変更する事ができます。 いつまでもクヨクヨしていては、先に進めませんし、大きな夢は遠のくばかりです。

 

みなさんも、夢を計画と捉え、人生設計してみてはいかがでしょうか。

 

夢が計画に変わる時。それは夢の実現に大きく前進した時なのかもしれません。

 
人にはそれぞれ幸せの形があります。人それぞれ思い浮かべる幸せの形があるでしょう。
ですがみんな共通して言えるのは幸せとは目に見えるものではなく、心で感じるもの、と言う事です。
つまり幸せには実態がなのですから、極論で言えば幸せとは精神論、という事になります。

 

例えばAさんとBさんとが居たとしましょう。
Aさんは年収が2,000万円あり、素敵な奥さんがいて、可愛い子供たちが居ます。
方やBさんは年収200万円、家族はなく、借金の返済に追われ、毎日がギリギリの生活です。

一見すればAさんの方が明らかに幸せな生活を送っていると思えるでしょう。

しかしそれはあなたの思う幸せの形であって、本人の意見は全く違うかもしれません。

Aさんは心が満たされず、全く幸せを感じていないかもしれませんし、Bさんは毎日が充実して、とても幸せだと感じているかもしれません。

つまりどんなに裕福で恵まれた生活をしていても、本人が幸せを感じていなければそれは幸せではありませんし、どんなにツライ生活を送っていても、本人が幸せだと感じていればそれは幸せなのです。

この話をすると、「そんなヤツおらんやろ?」「Aさんは贅沢なだけ」という反応が返ってきますが、それは自分の価値観であって、幸せかどうかは本人が決める事です。 自分の価値観で他人の幸せを計る事はできないのです。

 

それでは、先ほどの例えにこんな条件を足してみましょう。

Aさんは年収が2,000万円あり、素敵な奥さんがいて、可愛い子供たちも居ますが、毎日毎日、楽しみも遣り甲斐も感じない仕事を繰り返し、会社の人間からは嫌われ、友達も居ない。
方やBさんは年収200万円、家族はなく、借金の返済に追われ、毎日がギリギリの生活ですが、大好きな事を仕事にし、誰からも縛られる事なく、大勢の友達に囲まれて、自由な生活を送っています。

さぁ、こうなると考えも変わってくるのではないでしょうか?

それでもAさんの方が幸せな人生だ、と思う人も居るでしょうが、Bさんの方が幸せな人生だな、と思う人も結構出てきたのではないでしょうか?

つまり幸せかどうかは本人が決める事ですから、自分の幸せの価値観を他人に押し付けてはいけないという事です。

 

自分の考える幸せの形は、自分にとっての幸せの形なので、周りばかり気にせず、自分なりの幸せを見つけてみてください。
幼い頃の夢を覚えていますか? その夢は叶いましたか?まだその夢に向かって歩んでいますか?



僕の幼い頃の夢はプロ野球選手でした。中学生になるまで本気で思っていました。
中学1年生の時に足を痛め、それから練習をサボるようになり、どんどん腐っていきました。よくある落ちこぼれスタイルというやつかも知れません。それまでは本気で思っていた「プロ野球選手になる」という夢もその頃に失いました。

幼い頃は誰しも漠然とした大きな夢を抱きます。それが歳を重ねるごとに、色々な経験や知識を得て、夢はどんどん現実的な物に変化していきます。幼い頃に見た夢を変わらず追い続け、実現させたという人はとても少ないんじゃないでしょうか。 きっと幼い頃の夢を叶えたという人はとてつもない精神力を持っていたか、幼い頃から現実的な夢を抱いていた人でしょう。



僕は幼い頃からの夢を中学時代に失い、それからはただ漠然と日々を過ごしてきました。流れで高校に進学し、流れるままに工場に就職しました。もちろん中学時代も高校時代もそれなりに楽しんではいましたし、時には悪さが過ぎる事もありましたが、自分なりに謳歌したつもりではいます。しかし、夢に向かって前進している仲間を見たり聞いたりすると、直感的に羨ましいと思い、自分の満たされない感情が沸々と沸き上がってくるのを感じていました。

その頃の僕には何も夢がなく、ただ日々を過ごし、夢は?と聞かれると「BIGになる事」と具体的な目標もないまま何の分野でBIGになりたいのかも解らずただ大口を叩いていた位ですから、夢に向かって前進している人間に対しジェラシーを感じていたのでしょう。

夢がないので当然進学という選択肢は無く、流れるままに就職しました。 今思えば夢や目標を見つける為に進学するという選択肢も有りだったのかな?と思いますが、当時の僕は、夢も目標も無いのに、「まだ就職するのはイヤだから」「もっと遊びたいから」と無責任な考えで、親に大金を払わせて進学の道を選ぶ人間を軽蔑していました。その考えは未だにありますが、当時はただの嫉妬心からでしょう。

工業団地の工場に就職した僕はそこで、目標を見つけました。仕事の内容は決して楽しいものでは無かったですが、人間関係にも恵まれて、元々ポテンシャルの高い僕は、直ぐに頭角を表し、入社3ヶ月で戦力として認められ、第一線の現場で働けるようになりました。半年もすれば入社10年の先輩よりも仕事を頼まれるようになり、完全に超えたなという確信がありました。

仕事はできるが、決して嫌みではなく勤務態度も良好でほとんど休む事もなかったので、当然上司にも気に入られ、先輩達からは「お前が一番かわいい(後輩の中で)」と言ってもらい、よく飲みに連れて行ってもらいました。 定期の査定時にも「お前は最高評価にしといたから」と部長に教えてもらったりと、常に高評価を貰い続け、周りからも「お前は出世コースに乗った」と言われていました。

しかし入社5年ほどたった頃、ふと今の生活に疑問を感じました。「今の生活は本当に楽しいのか?」「これが俺の求めた人生なのか?」と。 高校時代から交際を続けて来た彼女と結婚して、初めての年の瀬の頃です。

一度芽生えたその疑問は日に日に僕の中で増殖していきました。
そんな疑問を抱えたまま新年を迎え、「今年の抱負は自分の好きな物を見つけ、夢を見いだす事!」と高らかに嫁に宣言し、まずは前々から興味があったコンピューターの世界、プログラミングを勉強してみようと元日から本屋に出かけ、何も解らないが、とりあえずC言語の入門書を購入しました。 おそらくこれが僕のターニングポイントです。

初めは軽い気持ちで覗いてみた世界でしたが、その面白さにどんどん引き込まれ、昼休みもずっとプログラミングの勉強をし、家に帰ればパソコンと睨めっこ。そんな生活を3ヶ月ほど続けていた頃、ある事に気が付きました。「今までの人生で、こんなに集中してのめり込んだ物はない」「これが僕の本当にやりたい事なんだ」と。社会に出て働き、目標を見つけたつもりでいましたが、そこに夢はなく、それはただ自分を騙す為のものだと気づいたのです。

思い返せば幼い頃からコンピューターが好きで、父のパソコンをおもちゃにして遊んだり、ゲームが大好きで、漠然とですが「自分でゲームを作ってみたい」と思っていた事を思い出しました。 中学生の時、友達と「将来どんな仕事に就きたいか」という話をしていた時も、まぁいわゆる不良仲間達なので皆、「土建だろ?」とか「無難に工場?」とか、とにかく肉体労働と答える人間ばかりでしたが、僕は一人デスクワークと答えていました。
そう昔から根本的に体を使って働くよりも頭を使って働きたいと思っていた事を思い出したのです。

自分の好きな事、やりたい事が見つかると夢は自ずと見つかります。夢が見つかると、目標ができ、目標に向かって歩いていると、毎日が充実して楽しくなるのを感じていました。

夢に向かって歩いていく中で、色々な勉強をしました。それまでは本に興味も無かったですが、今では趣味が読書というレベルになり、色んな本を読みます。本は自分の世界を広げてくれるとても素晴らしいツールです。色んな本を読んだおかげで当初描いていた夢をもっと具体化し、現実的な物にしてくれました。 本をやインターネットを通して色んな世界を見て、夢や目標もあちらコチラと方向転換する事もありますが、本質的な、確固たる人生の最終目的を見いだす事ができ、今まさにこの時も夢の実現に向けて邁進しています。



夢、目標の存在は確実に人生を豊かにします。どんな小さな夢でも持つ事が大切です。夢に向かって歩んでいく事こそが人生の本質ではないかと僕は思っています。



今あなたに夢がないと思うのでしたら、まずは自分が本当に好きな事を見つけてみてください。とりあえず興味のある世界を覗いてみてください。かじるだけでいいのです。自分が本当に好きな事であれば必ず反応があります。それは無意識のレベルかもしれませんが、ピンとくる物があるはずです。 それはあなたの潜在意識にある夢の手がかりになり、人生の最終目的を見いだす鍵になる事でしょう。