我が家には2人子供がおります。長女13歳(中1)、長男12歳(小6)。
いわゆる年子です。
大変な時期もありましたが、今となっては年子で良かったです。
長女(りー)は吹奏楽部に入部しフルートを担当してます。毎日片道3キロの道を重い学生カバンを持ち頑張って
登校してます。
今の所、反抗期も無くスクスクと育っております
長男(けいくん)は後1週間で小学校を卒業します。進路はパパと悩みまくりましたが、特別支援学校に進学させ
る事にしました。
けいくんは「脳形成障害」と言われる病気を持って産まれて来ました。
病気が発覚したのは1歳11か月の時、痙攣を起こし病院に運ばれ検査を受け判りました。
その時先生に
「お子さんは障害者になる可能性が高い。知的、言語、身体。どれが出てもおかしくありません。歩けないかもし
れないし、話せないかもしれません。」
MRIの画像を見て言われた時は目の前が真っ暗になり、途中から全く覚えてません。
ただうちの子は障害者になってしまうんだって・・・ショックだけが頭の中でグルグル回ってました。
先が見えない恐怖と不安。
母としてけいくんを丈夫で健康に産んでやれなかった事が申し訳なくて、その日はけいくんの顔が見れず、祖母
にけいくんの付添を頼みました。
長女を連れ、家に帰る車の中で声を出して私が泣いていると運転しながらパパも泣いていました。
あんなに泣いたのは人生初くらいだったかも。
家に帰って夫婦で会話もせず大号泣しました。
パパがあんなに声を上げて泣く姿を初めて見た。
パパもショックがかなり大きかったみたいです。
夜明け前まで泣くだけ泣いたパパが
「障害者になろうがなんだろうが、わしらの大事な子供じゃ。けいくんは、けいくんじゃん
大変かもしれん。わし
らを選んで産まれて来てくれたんだから。出口の無いトンネルは無いで。一緒に頑張ろうや
」
と一言。
私はけいくんにもだけどパパにも申し訳なくて「ごめんね」と謝りまくってました。
パパが掛けてくれたこの一言が私を救ってくれ少し勇気をくれた。
パパはミスターポジティブ。
常に前向きなのです。その辺は尊敬してます。
けいくんと向き合う覚悟を決め、長女と朝一電車で病院に戻りました。
幸い熱性痙攣だったので1週間で退院出来ました。
それから退院後は大まかに言うと・・・
月2~3日、高速道路を使い1時間ちょいのリハビリセンターに通い、言語療法と作業療法を。
隣の市に在る医療センターでこれまた月2~3日理学療法。
痙攣を起こさせないため投薬治療も開始。
リハビリを兼ね週2のスイミングスクール通い。
こんな通院生活が7年弱。
我ながら頑張った![]()
これまた人生の中でこんなに必死になった日々は無いくらい。
ちなみに当時は仕事(パート)もしてたので、朝から晩まで忙しかった。
いつ太陽が沈んだか判らない程。良く頑張ってたわ![]()
こんなに自分を褒めるのもチョイと恥ずかしい![]()
でも私は褒められて伸びる子なんで(笑)![]()
現在、そんな息子は体幹機能障害による軽度の左半身脳性まひ。
知的も少々遅れ現在は足し算、引き算、九九など2年生レベルが出来るようになりました。
でも何故か漢字だけは読むだけなら6年生レベル。記憶力は半端ない![]()
私が昔に言ったことなどは覚えてるし、1度通った道も完璧に覚えるほど素晴らしい記憶力![]()
痙攣も投薬治療であれから1度もありません。
小学校に入学して<療育、身体、福祉手帳>を取得。1年生は事情で普通学級でしたが、2年生から特別支援
学級(知的)に入り現在に至ります。
小児科の先生が毎回
「脳の状態からして奇跡が起きてますよ
お母さん
まさかここまで成長してくれるとは・・・」
と言われる程ミラクル
な事のようです。
ただ2年前からてんかんを発病し、再び投薬治療開始。
疲れたのでまた明日書きます。