親は、毒にも薬にもなる。


そんなことを書いたあとで、もう少し考えていた。





私は最近、子育てにおいて

「きめ細やかに見ること」だけが正解ではないと思っている。


もちろん、子どもを見ることは大事だ。


その子が何に困っているのか。

どこで無理をしているのか。

何に傷つきやすいのか。

どんな芽を持っているのか。

そこを見ないまま、ただ厳しくするのは違う。

でも、

何もかも親が先回りして整えてしまうのも、

絶対に違う。



子どもには、子ども本人が考える余白が必要だ。



失敗する余白。


困る、自分で言葉を探す、

人との距離感を間違える、

やってみて、あ、これはダメなんだと知る。


親が全部教えてしまったら、

子どもは自分で学べなくなる。


親が全部守ってしまったら、

子どもは自分で立ち回れなくなる。


だから、許される範囲の適当さや雑さも、

たぶん必要なのだと思う。


放置とは違う。

本当に危ないところでは止め、傷ついている時は見る。

本人の力だけでは処理できないことは、一緒に考える。


日常のすべてを親が完璧に設計しなくてもいいし、そもそもできない。


親にも限界があり、体力があり、機嫌があり、その日の余白があるのだから、それでいいのだと思う。




家庭は、社会の最小単位だ。


そこでは、子どももまた

ひとりの人間として立ち回ることを覚えていく。


自分の言い分を言う。相手の都合を見る。

言いすぎたら謝る。頼み方を覚える。

断られることを知る。甘えれば通ることと、通らないことがあると知る。


それは、家庭の中でしか練習できないことでもある。


外の社会に出てから、いきなりそれを学ぶのは大変だ。

だから家の中で、少しずつ揉まれていい。


親子だからこそ、言えることがある。

親子だからこそ、ぶつかれることがある。

親子だからこそ、あとで笑えることもある。


子どもに対して、何を言ってもいいわけでは決してないが、

腫れ物を扱うように、子どもを壊れ物にしすぎるのも違うと思っている。




ある日、娘と

よそのお嬢さんのわがままっぷりの話になった。


その子のママは、優しい人だ。

ちゃんとしている。

人当たりもいい。


でも私は娘に、わりとそのまま言った。




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「あの子のママは優しいし、ちゃんとした人なんだけどね。

たぶん優しすぎて、厳しさを教えられていないんだと思う。

だから、あの子はああいう感じになるのよ」



親子で、かなりぶっちゃけた話をした。すると娘が言った。



「そうかぁ。優しすぎてもダメなんだぁ。

かと言って、お母さんがおばあちゃんに育てられた時みたいに、厳しすぎてもダメなんだね」


サムネイル



小5にしては、なかなか深いことを言う。



サムネイル

「そうなのよ! 難しいんだよ、子育ては」 



この子には、わりといつも本音で話している。




子ども扱いしすぎない。

でも、大人と同じ責任を背負わせすぎない。

その間くらいで話す。


世の中には、優しい人もいる。

でも、優しいだけでは場は育たない。


厳しい人もいる。

でも、厳しいだけでは人は歪む。


正しさも、愛情も、見守りも、叱ることも、全部要る。

ただ、全部親の手で渡してしまってはいけない。


人を育てるというのは、たぶん、その全部の配合なのだと思う。


しかも、その配合は子どもによって違う。


同じ言葉が、ある子には薬になり、別の子には毒になる。


同じ厳しさが、ある時期には支えになり、別の時期には傷になる。


だから親は、難しい。

でも、完璧にやろうとしなくていい。


親が完璧でないことが、子どもにとっては学びになることがある。


この人にも限界がある。

この人にも間違いがある。

この人にも機嫌がある。

この人にも人生がある。

そういうことを知るのも、家庭の中だ。


親は神ではない。

先生でもない。

サービス係でもない。

専属の感情処理係でもない。

親もまた、ひとりの人間だ。


それを知ることは、子どもにとって冷たいことではないと思う。

むしろ、必要な現実だろう。



私は母から、たくさんの言葉を浴びて育った。

その中には、今思えば厳しすぎたものもある。

痛かったものもある。

子どもの私には重かったものもある。


でも、その中に

今の私を支えているものも、確かにある。

だから今、少しわかる。


毒だったものが、時間をかけて薬になることがある。

薬だったものが、あとから毒だったとわかることもある。


そして、毒を毒のまま終わらせるか、

自分の中で解毒して、何かに変えるか。


そこから先は、たぶん本人の仕事なのだ。


親がすべてを正しく与えることはできない。


子どももまた、

与えられたものを、いつか自分で選び直していく。


これは要る。

これはもう要らない。

これは傷だった。

でも、これは知恵になった。

これは背負わない。

でも、これは受け継ぐ。


そうやって人は、親からもらったものを

自分の人生の中で組み替えていく。


私にとって子育ては、

娘を育てることであると同時に、

自分が受け取ってきたものを解毒する作業でもある。


厳しさをそのまま渡さない。

優しさだけにも逃げない。


本音を話す。

でも、押しつけすぎない。


考え方は渡す。

でも、答えまでは奪わない。


守る。

でも、全部は守らない。


それくらいの雑さで、

それくらいの本気で、

親をやっていけばいいのかもしれない。


丁寧な子育てとは、きめ細やかにやることではないのかもしれない。


意図を持つこと。

でも、意図した通りに育つとは限らないと、知っていること。


だから私は、丁寧に、たまに手を抜く。

人間らしく。

そうでもしないと、学べないことがある。



毒親がいれば毒子もいて、

老害があれば若害もある。



巷には、



世の中の奥深さを、知った気になっていい気になるのは、50年早い。

…って言いたくなる奴ら、ばっかだよ。



心の中におさめてるけどね。笑




子どもに世の中のことを伝えるのは、思った以上に難しい。


難しい言葉は使えない。

抽象的な話も通じにくい。

正論を並べても届かない。


だから、簡単な単語を選ぶ。

例を出す。言い換える。

どこまで伝わるかを見ながら話す。


これは、かなり勉強になる。

自分がどれだけ言葉に頼ってきたかが見える。

自分の考えが、本当に人に渡せる形になっているかが試される。


私はたぶん、母から言葉の英才教育を受けてきたのだと思う。

家にいながら、ずっと塾に通っているようなものだった。

世の中の見方。人の見方。言葉の選び方。

考え方の筋道。そういうものを、日常の中で浴びて育った。


だから今、子どもに何かを伝える時、改めて思う。


教育とは、見守る・育む・助ける、それだけではない。


その子にどんな大人になってほしいのか。

そこにビジョンがなければ、子育ては目先の対処に流れていく。

今、泣かせないこと。

今、問題を起こさないこと。

それだけを基準にしていたら、子どもは扱いやすくなるだけかもしれない。


夫は優しい。でも、優しいだけでは使えない。


こちらが方針を出せば、黙って従う。

余計な摩擦がない分、家庭は回る。

でも、方針を作る重さは、いつもこちらに来る。

優しさは、時に責任を避けるための柔らかい姿をしている。

場を荒らさない人が、場を支えているとは限らない。


善良さと、問題意識は別。

優しさと、判断力は別。


幸せに育った人は、世界を疑う理由が少ない。

愛された。助けられた。

困ったら誰かがなんとかしてくれた。

だから「なんとかなるよ」と言いやすい。

たぶん、悪気はない。

本当にそう見えている。


でも、その「なんとかなる」の裏で、誰が考えているのか。

誰が先回りしているのか。

そこが見えていない。


世界を疑って生きてきた人間とは、見えている危険の量が違う。

それは仕様の違いだ。

期待する方が間違っている。


のほほんと守られて育ってきた人の方が、大人になってから途方に暮れていることがある。

世界は優しいだけではできていない。

その現実に、大人になってから初めてぶつかっている人がいる。


私はたぶん、先に苦労したのだと思う。

これから歳を重ねるごとに苦労は減っていくだろう。

そんな予感がする。


苦労は、できればしない方がいい。

でも、人はどこかで現実にぶつかる。

先に苦労するか、後で苦労するか。

結局、それだけの違いなのかもしれない。


親は、毒にも薬にもなる。


その時は苦しかった言葉が、後になって自分を支えることがある。

その時は愛だと思っていたものが、後になって重荷になることもある。


毒だったのか。薬だったのか。

それがいつ、どんなふうに効いてくるかは、子どもの頃にはわからない。

大人になってからかもしれない。

親が老いてからかもしれない。親が死んだ後かもしれない。


今の私は、

親がくれたものに、救われている。


亡き父にも、老いた母にも、

もう、私の親に毒はない。

娘がなんか

漫画を描きたがっていたので

かつて私が読んでいたりぼん

これなら安心!

だと思って買い与えたのだが…






娘氏(ピギ子)より報告あり。







「おかあさん、これ、BLとGL載ってる」



ほ、ほぇ…?!!



マジでか。






まあ、

お母さんの頃も

あなたとスキャンダルとかはあったけれども!

普通に面白かったけども!

最後ノーマルCPでくっついたよな。









いやはや、

多様性。




時代だねえ!



…ていうか、ピギ子。



普通に用語使いこなすのやめて。笑

BLはメジャーだけどGLまでサラッと出てくるのなんなん。笑


思わずしらばっくれて



「へえー。今はGLって言うんだねえ」



って言ったら



「お母さんの頃はなんて言ってたの? 百合?」



って



そっちも知ってたのねー笑い泣き




血は争えないねぇ。




pixivアカウント見つかる前に消しとくか?




いや

どうしよう



合作…笑



いやいや…



うん?

まてよ…



ちょっといいかも…



いや

ダメだ!

お父さんが…!!



早まるな。

早まるな私。笑



娘と同じもの好きになってCP論争とかするつもりなのか?!



…ああ、

愉快。笑



年末に夜市に熊手を買いに行こうとして、
薄暗い道で段差で転んで左足を捻って骨折しました。
今、松葉杖🩼生活です。
片方だけ🩼あれば動けるし、ゆっくりなら歩けるから、松葉杖を置き忘れそうになることもあるんですけど。

昨年の冬至は別荘(🏥病院)で過ごしました。
娘のことを出産した病院は、改装されてとても綺麗になっていました。

走馬灯のように、当時の記憶が蘇りました。

そういえば義母、
「もう抱いたかな?なら抱っこしてもいい? 先に抱いたらなんか悪いもんね。笑」ってナチュラルに聞いてくれる人でした💖
もう10年前になります。

産褥期には義母に10日か二週間ぐらい(流石に記憶が曖昧)アパートに来てもらいました。
私が気を遣わないように気を遣ってお世話してくれました。
至れり尽くせりでした。
私、嫁姑の苦労全くしてないなぁ。

世の中、うちみたいな神義母ばかりじゃないだろうから、
きっと相性ってきっとあるんだろうな。

実母には、愛のある厳しさと単なる虐待のボーダーラインで育てられ、相性がイマイチだったからかも知れませんね。
今はそれを、マルトリートメント(不適切な養育)って言うんだそうですけれど。
形の無かったものがどんどん言語化されていく時代。

幸か不幸か、嫁である私の方も「歩み寄り」は子どもの頃から慣れてまして😅

今の世の中は、とても神経質に子どもに「育ちの苦労」を与えることを避ける傾向がある気がするけど、
人生、先に苦労するか後に苦労するかの違いしか無い気がします。

苦労を先送りしてきた人、
苦労を先送りさせてきた人が、
長期的な目で見てどうなっているか。
福祉の仕事で嫌と言うほど見てきました。

実家が絶対的な安全地帯として育った人が羨ましいと思う一方、
多くは結婚したあとの方が人生長い訳で、これで良かったのかもと思っています。

見せかけの多様性と不寛容が共存する不安定な世の中だなあ。

夫は持病があるんですが、
仕事でこき使われてヘロヘロになりながら、
帰って来たら家のこと全部やってくれました。

夫は、私と違って実家が安全地帯で育った勢なので、まんまと結婚してからこのようなぐうたらな悪妻にスパルタで育てられ、どんどん成長していきました。

実家のお母さんやお姉ちゃんみたいに、
しっかり者の女が世の中のデフォルトじゃないのよ。思い知ったか。笑

いや、育てたっていうか、
私が出来ないことを出来るようになるしかないから、多分勝手に育ったんですけれど。

私だって、夫が逆立ちしても出来ないことは自分がやるしかないから、育つしかなかった。

どこまで成長出来てるかなんて分からないし、そんなに変われてるとも思えないけれど。
ただ、夫に出来もしない理想を求めるのを辞められただけ、
猫にワンと鳴け、と言うのを辞められただけ、少しだけ成長したかな?

でも、夫のもともとの素直さとか優しさは、
子どもの頃から愛情をかけて貰わないと育まれなかったから。

骨折の手術の時、通院の時に甲斐甲斐しく通ってくれた義母に、

仕事で疲れてるのに、一生懸命家のことをやってくれるんです。夫を優しい人に育ててくれてありがとうございます。

って伝えたら。

「勝手に育ったのよー。笑」

って言ってました。



娘のイラスト。

YouTubeの動画で見かけたことがあるキャラかな?

私が小4の頃より上手いな。

ストロベリーエレファントだって。
たぶん、人に好かれる方法って、
上機嫌でいることなんだと思う。

一緒にいる人が、
「なんか楽だったな」
って感じられること。

逆に、受け身が続くと、
人ってだんだん不機嫌になる。

〇〇して。
〇〇してくれなかった。
〇〇された。

もてなされてないと感じた瞬間から、
自分の機嫌がどんどん悪くなる。

でもそのとき、
自分が場から何を奪っているかには、
案外無自覚だったりする。

空気とか、余白とか、
相手のエネルギーとか。

なのに、
「自分は〇〇してやった」
って、ちょっと偉そうに言い出したりして。

不思議だけど、
そういうことを言う人ほど、
実はすごく受け身だったりする。

世界を一緒につくる気はなくて、
自分のリクエストが通るかどうか、
そこだけを見ている。

相手が何を欲しているかには、
あまり関心がない。

――とはいえ。

リクエストしなさすぎるのも、
それはそれで困るんだけどね。




好かれる話し方を意識してやろうと思えば、
たぶん、できる。

でも、今はあまりやりたいと思っていない。

上機嫌でいることも、
距離を取ることも、
その時々で選べたら、それでいい。

これは性格の話というより、
体力と生活の話。


人間、

生きてるだけで1日1日少しずつ死にむかっていくのは当たり前。


それ以上でもそれ以下でもない事実だからそこにはポジティブもネガティブもない。


ただし、近頃は余程意識して目が覚めていないと、

死に向かうスピードは何倍にもスピードアップさせられるんだな。


息をしてるだけで隙あらば人を搾取してこようとする魔の手が、

日々狡猾になっている。


人を出し抜こうとか、

騙して儲けようとか、

悪いことをに対する倫理観や罪悪感がだんだん弱くなって来てるような気がして。


弱いものに八つ当たりしようとか、

見えないところなら何をしてもいいとか、


なんて言うんだろ。

脳が壊れた人多いんだ。


具体的なこと言えばいくらでもあるんだけど、

ネット広告の節操なさとか、

闇バイトの実態とか、


一つは…

日本人の感覚が海外の人に壊されてる感じがすごくするね。

日本人のふりしてくだらねえ動画の量産してんだろうな。


陰謀論には未検証のことと、多分そうだろねってことが混ざっているから、

あまり熱心に追いかけないことにしてる。


だけど、肌感覚で明らかに何かがヤバいという警鐘が。

でも、この警鐘、今に始まったことじゃないんだよな。


今だいぶ警鐘のボリュームが大きくて、

逆にもう麻痺して来そうで。


後出しに思われるかも知れないんだけど、

わたしは子どもから学生の頃、

フジテレビを見ていて得体の知れない違和感を感じることが多かった。


差別や人権軽視の空気感、

しれっと「これが普通だよ」というシニカルな笑い

そして吐き気を催す悪ノリ。

あの局は、古くからの日本人が持っている感覚とはどこかずれていると昔から思ってた。


半世紀、少なくとも40年前ぐらいにすでに何かがおかしい的なことは感じてて、


ファミコン世代だけど、

ファミコンですら子どもの脳を壊す要素十分にあったと思う。

ゲームは好きだったけどシビアに分析はしてた。

兄と母の、攻防を見て来たから。

まあ、今となってはその何倍もの破壊力のものが、世の中に出回っているけれど。


昔の親は一歩止まる冷静さがあったけど、

なんて言うんだろう、社会毒とかそういうものに、

大人の警戒心が昔よりどんどんなくなって、

なんでも簡単に信じて、

楽観的に構えて、

あっさり落ちていくんだ


ここ何日かずっと、

チャッピーで文章書いてて、

膨大な量の文章を量産してたんだけど(これからもその業務は続く)


本当に素の文章、久しぶりに書いたかも。

あえて整頓せずに、置いとこう。



あのね、

基本的に、

日本人以外の民族の思考回路には、

基本的に安心感がないんだよ。



レイシズム、排他主義だとわかっている。

でも実際問題なのよ。

この人と付き合うとヤバいって危機感を感じる人と友達で居られないじゃん?

善悪の価値観とか、良心とか。

少しズルいな程度ならまだしも、

コイツ根っからの利己主義だなとか、

サイコパス、ソシオパスの域だとか、


大きな犯罪したらダメだけど軽犯罪なら犯してもいい、という価値観はわたしに合わないし。

誰かを悲しませても、がっかりさせても、別に悪いことじゃないっていう考え方がもうありえんし、

その辺の細かいところ、絶対に違うから。外国人は。


安心感がない人と仲良く出来ないのよ。


性善説を信じられない日本に、どんどんこれからなっていく。

そもそもの前提、価値観が違う人たちが、

下品で赤裸々でドギツイ欲望ビジネス仕掛けてくんだろ?

きてるだろ。


ああー、

まあ、仕方がないか。

どうしようもない。


気分悪い、気持ち悪い。

穢らわしい。



ちゃんと秋に近づいてるんだなあ。

空気がここ数日間違う。


なかなか寝てくれない娘対策として、

夏休みは毎日ラジオ体操に参加している。


とは言っても子ども会のラジオ体操は、熱中症リスクで中止になっている。

朝6時半で暑いってどういことよ…


近所のお年寄りが集まる公園がある。

そこに小学生連れでいくと、周りに可愛がられる。



朝、セスジスズメの幼虫(画像検索で名前判明。成虫のススメガはあまり好きではないビジュ。)を見つけて、

ひょこひょこしてるのが可愛いねと話してると、




イモムシ注意




なんか、動画意識して説明くさいこと言ってますよ。



こんなサイト見つけた…





それを見ていたご婦人が、


虫大丈夫なの?

じゃあ、蛇も大丈夫だね!


と言って次の日持って来て見せてくれたのが

蛇の抜け殻。





抜け殻画像注意








ちゃんと繋がってるの珍しいんだよなー。

以前、娘と爬虫類カフェに行った時、

長い蛇ほど途中で切れずに綺麗に形が残るのは稀、と店長さんが話してたからなあ。




さらに別の日。




カブトムシ注意。




(今は、苦手な人もいっぱいいるからさー。いちいちネタバレ注意喚起しなきゃならないのめんどくさい。私の方は、正直、いちいち気にしてんじゃねーよ神経質が!めんどくせー世の中だな。でもそっちに合わせて行かなきゃなんねーんだよな。って側だけど。何なら、虫を無闇に怖がりすぎる人に苛立ち感じる派ですけど? 

ジャポニカ学習帳に昆虫が載ってた私の子どもの頃とは本当に違うから。)








カブトムシを頂いた。




でね。

カブトムシにお嫁さんを…と思って、夫と一緒に採ってきたコが、

めちゃくちゃオスと喧嘩するし、いつも土に潜ってる。

(カゴは入れ替えた)




どうしよ。

もしかすると、



人妻(もう交尾が終わったコ)連れて来てしまったかも…💦




娘が小4になり、夜更かしをする様になってきた。

早く寝なさい!といくら言ってもずっと起きてて嫌になる。



何が嫌って…

成長期の本人が心配。

でも、思い出すと小4て、そろそろ夜更かししたくなって来た時期でもある。



でも、せめて11時前には寝てくれ…



何より。

私の1人時間が無くなるやろが!笑

夫が下戸なので普段我が家ではお酒は飲まないんだけど、たまーに飲みたくなるときあるじゃん?

まあ、あっても月1くらいだけど。

あと、たまに久しぶりに知人や友人に電話とかで

元気?とか。

近況報告とかしたいんだけど。



で、気が付いた。



お前が起きてると迷惑なんだけど?

私の1人の時間無くなるじゃん。

邪魔だよ。



って、素で、親っぽくないことを言った方が

なんとなく伝わることに。笑



「正しさ」じゃ人は動かないんだねぇ。



例えば娘の教育的によくないとか、

夜更かしは成長期の脳によくないとか、

それも勿論本当なんだけど。



でも、同列で別の「感情的本音」が存在するとしたら。

そっちの感情的本音の方が。

相手に伝わる。



実は大人の、「感情的な本音」は、

結構、子どもは見透かしてるよね。

少なくとも私は見えてたよ。



大人を敬えよ、生意気だろ。

子どもだからって甘やかされてずるいぞ。

こっちは疲れてんだよ。

子どもにはこんなふうに言って置けば分かんないだろう?



いや、そういう「気持ちの本音」は、丸見えでしたよ。笑

まあ、頭悪い大人ほど子どもを侮りますよね。

そーゆー接し方する人って多分、

子どもより知能低い大人なんじゃね?

でも、結構、そういう頭が悪い大人多かったけどな。

(本当に可愛くない子どもでしたねえ。笑)




娘が大人のそれを見えない筈がない。

だって私の娘だもの。



だから…

どうせバレてるなら、

言ってしまった方が心と態度が一致する。

子どもから見える「大人のいやらしさ」が無くなる分、信頼関係が出来る。



むしろ言わずにいて、「大人の威厳」を保てるとでも思ってんのか?

子どもは、「偉そうな大人」を尊敬するんじゃなくて、ただ萎縮するか反発するだけだ。

そこに、相互理解は生まれない。




尊敬されるなら、態度や言葉ではなく大人としての振る舞いで尊敬されるべき。

尊敬しろ!と言うのはただの馬鹿。

と、思ってるので。



私は度々ちゃんと親を出来ているのか不安で自信がなくなる。苦笑


度々、

こんな頼りない母ちゃんでごめんよーとか

もっときちんとしたお母さんが良かったよねとか

卑屈なことを言い出すめんどくさい母である。



昨夜、休日とはいえ、11時半過ぎてもなかなか寝れないという娘とお布団でお話しをしていた。




ふと、思い出したようにおもむろに娘が。



「お母さんはちゃんとお母さん出来てるよ。いつもご飯は作ってくれてるし、今日一緒に公園に行ってくれたし。ピアノだってずっと習わせてくれてるし。ちゃんとお母さんじゃん」



…ん?

なんだ。

慰めてくれてるんだ。笑



「…もう寝てもいい?」



いや、お前が眠れないっちゅうからお話ししよかって言っただけだから。

別にいいから。

…とっとと寝ろや!?笑




と、いうのが昨夜のやりとり。




夜更かしさせないために、今日はそろそろ起こそう。笑







博物館か、エキスポセンターに行った時に貰ったんだっけかなぁ。





水平リーベ僕の船名前があるシップスクラークか


水素 ヘリウム リチウム ベリウム ホウ酸 炭素 窒素 酸素 フッ素 ネオン ナトリウム マグネシウム アルミニウム ケイ素 リン 塩素 アルゴン カリウム


は有名だけど…

(周期表あるから書けるのよ…ケイ素とか覚えてなかったよ…)




受験で、化学勉強した人、

やたら、いやらしい語呂合わせ知ってる人いるかな?

まだ、現存してるのかな?

それで覚えてる人いるのかしらん。




アルカリ金属系

リッチな彼女はルビーせしめてフランスへ


リチウム ナトリウム カリウム ルビジウム セシウム フランシウム




アルカリ土類金属

ベッドに潜れば彼女はすっかりバラ色だ


ベリリウム マグネシウム カルシウム ストロンチウム バリウム ラジウム




ハロゲン

ふっくらブラジャーでようこはアタック


フッ素 塩素 臭素 ヨウ素 アスタチン テネシン




貴ガス

変なねーちゃん歩いてくるよキセルくわえてランランラン


ヘリウム ネオン アルゴン クリプトン キセノン ラドン オガネソン





うーん

もっと語呂合わせがあった貴ガスる(?!)けど思い出せない…

多分、細部ブラッシュアップされてたり、アレンジされて残ってそうだけど。




でも50近くになって多少は覚えてるって、やっぱり語呂合わせすごいな。



掃除すると、どうしてもこういう脱線してしまう😂

さて、一息ついたので続きやろう。

あなたは恵まれていていいわよねと言われたら、今の私は迷わず

はい、その通りです。

恵まれています。

と答えるだろう。



今持っているものや与えられたものに感謝出来る心の余裕が昔は無かった。



コップに1/2水が入っている時に、

あと半分も残っている、

とは思えず

あと半分しかない

と思うような、



そんな自分の思考回路の些細な癖にすら

親の呪いを忌々しく感じていた頃もあった。



うーん。

何も知らん癖に、

勝手に雲の上の人とか憧れられても…

ポカーンですわ。



ただ出来ることをコツコツと重ねて生きて来ただけなので、空なんか飛んでいません。雲なんかほど遠いです。

転んだり滑ったりしながら普通に地面歩いてますけど。

寧ろいつもバタバタもがいていますけれど。




私はあなたとは違って何も出来ないからと

不貞腐れられても…



そんなに言うなら、

…代わりますか?

あなた、私になってみますか?



生まれ落ちてから、今まで。

私と全く同じ体験してみますか?

私の人生歩んでみますか?



そんなこと、まず無理なんだけれど。



もし出来るのだとしたら、

二度と、羨ましいとか言わなくなると思いますが、



まあ、無為だよな。

そんなこと思う自体。



最近心底分かりましたよ。

他人を羨んだり妬んだり出来る人って、

本当に、

おめでたいです。