「いじめ」は全国的に深刻な問題になっています。
「いじめ」はいけないことだと知っていても、なかなかなくなりません。
今回はその「いじめ」についてのお話です。
まず、初めにはっきり言っておかなければならないのが・・・
「いじめ」は人権侵害。
ということです。
「人権」とは何ですか?
と訊かれたら、どう答えますか?
私は学校で先生方に教えてきたのは、
簡単に言えば、
人権とは「人として、自分が自分らしく、幸せに生きるための権利」
ということです。
「道徳」と「人権」は同一レベルで考えられがちですが、決定的に違う点があります。
それは…「人権は命に係わる」ということです。
道徳はあくまでmoral(モラル)についての教育であり、「人の生きる道」「生き方」について学ぶ教科なのです。
モラルに反した行為はそれはそれで問題にはなりますが、イコール「命に係わる」レベルの話にはなりません。
人権とはidentity(アイデンティティー)にも関わる、すなわち自分の存在そのものに関わるため、それを否定された時、命を落としかねないのです。
従って、「いじめ」は人権を脅かし、命までも奪いかねないのです。
アメリカではAnti-Bullying Lawsという法律ではっきりと「いじめは違法である」と明言している州(ニューヨーク州)もあり、日本でも「いじめ防止対策推進法」(H25年6月公布)でその違法性を訴えています。
民主主義と人権は切り離すことのできないものなのです。
文科省は道徳の教科化を次の学習指導要領の改訂に盛り込み、生徒の道徳性を評価し文科省検定の教科書を使って教える内容まで統一を図ろうとしています。
道徳の中でも「いじめ」については取り上げています。
道徳で取り扱うのであれば、まずは教員がしっかり「人権」についてしっかり学び、「人権教育」についてしっかり研修・自己研鑽しなくては返って「いじめ」を助長しかねません。
しかし、残念ながら人権教育は全国的に縮小傾向にあり、それについての統一された教材もありません。
さらに憂慮すべきは、「人権とは?」や「人権教育とは?」についてはっきり答えられる教員が少なくなってきているということです。
「いじめ」などの人権侵害、在日韓国朝鮮人や障害のある人たちや旧同和地区出身の人たちに対する差別など、国民的課題を解決することに教育が大きな役割を果たしています。
さらに、人権侵害や差別など今ある問題を解決するだけが「人権教育」ではありません。
それはそれで大変重要なことではありますが、そもそもそういう問題を生まないための教育が「人権教育」にはあるのです。
(これを話し出すと長くなるのでここでやめておきます)
「いじめ」をなくすためには、まず教員の「さらなる人権意識の向上」と「人権教育」についてのさらなる研修・自己研鑽が必要ではないでしょうか。

