“94年の悪夢”の再現は高い代償。シューマッハ、ドライバーズポイント抹消!! | 日日不穏日記・アメブロ版

日日不穏日記・アメブロ版

gooで公開している同名のブログ(主に身辺雑記)とは別にモータースポーツに特化して立ち上げたブログ。現在はNASCAR推し。YouTubeで全36戦を追いかけます。オフシーズンは、他のモータースポーツの記事も書きます。

 97年、最終戦ヨーロッパGP。日本GPフリー走行中の黄旗追い越しペナルティーで、5位入賞も失格処分となったジャック・ビルヌーヴ。これで、ポイントランキングは、シューマッハが逆転(1ポイントリード)という緊迫した状況で、迎えたスペイン・へレス。

 予選は何と史上初のヴィルヌーヴ、シューマッハ、フレンツェンが同タイム。タイムを記録した順のグリッドとなり、PPから、ヴィルヌーヴがスタート。



 シューマッハはロケットスタート、フレンツェンが続く。日本GPでは良いところを見せられなかったフレンツェンは、ここでチームオーダーを忠実に守ってみせる。ヴィルヌーヴを先に行かせ、ピットストップを遅らせて、先にピットインしたシューマッハを抑え続けることで、両者のタイム差を大幅に縮めたのだ。

 2度目のピットインを終わらせた両者は、さらに接近。48週目、ヘアピンでインから抜きにかかったヴィルヌーヴにシューマッハが被せる形で両者接触。



 その場でシューマッハはリタイア。傷ついたヴィルヌーヴが走り続けるという展開は、94年のアデレイドのヒルと同じ展開になったのは、同じだけれども、結末は違った。

 ヴィルヌーヴは、そのまま走り切り、3位表彰台。97年の年間タイトルを獲得する。シューマッハには、FIAから、シーズン後にドライバーズポイント抹消(コンストラクターズポイントは有効)、ランキング2位をはく奪と言う厳しい処分が下された。

 栄光に満ちたシューマッハのキャリアの中で最大の汚点とも言えるこの行為。さすがに擁護の余地はないだろう。