注:スンリさんの妄想小説第5話です。
前回のお話。
『GG BE 4』
あくまで個人の妄想とご理解頂いてお楽しみ下さいm(__)m
福岡の初日は、大盛況のうちに幕を閉じた。
俺は、ホテルで一人、ベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を眺めていた。
ヌナはもう、ホテルに着いただろうか。今頃は、どうしているだろう。
ライブ前、ヌナは約束通り楽屋に遊びに来てくれた。
「ヌナ!あなたがすんちゃんのヌナですか?」
ヌナの姿を見つけると、ジヨンヒョンが片言の日本語でにこにこしながらヌナに話しかけた。
「ヌナはぁ~。おれよりもヌナですかぁ?」
「あ、はい…。ジヨンより歳上です。ごめんなさい」
一生懸命日本語でコミュニケーションを取ろうとするジヨンヒョンと、驚きながらもヒョンの質問に丁寧に答えているヌナ姿は微笑ましかったけど、それを見つめる俺の心中は複雑だった。
「ジヨンって、可愛い人ね」
そう言って笑ったヌナの可愛い笑顔が、今も俺の心を闇に縛りつけている。
ジヨンヒョンは、ヌナの目に、魅力的に映っただろうか?
そのことを考えると、身体が震えた。
ヌナに会わせる前、俺はジヨンヒョンにあるお願いをした。
「はぁ?お前、今、何言った?」
俺のお願いを聞いたジヨンヒョンは、眉間に深い皺を刻み、俺を睨んだ。
「だから…、ヌナに会ったら、ヌナのこと誘惑してみてほしいんだ」
俺が再び繰り返すと、ヒョンの眉間の皺はますます深くなった。その目は、俺に詳しい説明を求めている。
「ジヨンヒョン、昔、よく俺の彼女にトラップ仕掛けてたじゃん。『他の男の誘惑に簡単に惑うような女はスンリに相応しくない』とか何とか言って。そんな感じで、お願い!」
必死に頼む俺を見て、ジヨンヒョンは訝しげな顔をする。
「お前の“ヌナ”は、そんな罠に簡単に引っ掛かるような女なのか?俺が認められないような女なの?」
「そうじゃないって思いたいから、頼んでるんだ。ヒョン、お願い。協力して…」
俺があまりにも必死だったからか、ジヨンヒョンは俺を見つめ、心配そうに表情を歪めた。
「なんかよくわかんねぇーけど、別れたくて言ってる訳じゃないんだな?」
俺が小さく頷くと、ヒョンは溜め息を吐いて、俺の頭をそっと撫でてくれた。
「わかった。俺がしっかり見極めてやるから。安心して待ってろ」
ジヨンヒョンからは、ヌナをホテルに誘ったという報告を受けている。間近に迫った俺の誕生日の話などを出して、上手く誘ってくれたらしい。ヌナがホテルに来たら、誰の誘いにも簡単に乗る女かどうか見極めてやると言っていた。
もし…、
もし、ヌナがヒョンの誘いに乗ってしまったら。
勿論、ジヨンヒョンは、ヌナを試すだけで、一線を超えるようなことはしないだろう。
だけど、その瞬間、俺とヌナの関係は終わってしまう。このまま二度と会えないということだって、十分に有り得るのだ。
嫌な想像に怯え、ベッドの上で体を小さく縮めた。その時、適当に放り投げてあったスマホが鳴り出す。俺は驚いて飛び起きた。
ヒョン?それともヌナ?
ビクビクしながらスマホを手に取る。画面に映し出されているのは、ヒョンではなく、ヌナの名前だった。
ヒョンと一緒にいるんじゃないんだろうか?頼んだことの結果はどうなったんだろう?
不安で一杯になりながら、俺はヌナからの電話に出た。
「スンリ、今、部屋にいる?」
俺が電話に出ると、ヌナは俺が何かをいう前にそう尋ねて来た。
「う、うん。いるけど」
「ジヨンに教えてもらって、今、貴方の部屋の前にいるの。開けてくれない?」
「わ、わかった」
一方的なヌナからの要求に、俺は慌てた。
どうしてヌナが俺の部屋に?理由はわからないが、無視する訳にはいかない。
すぐにベッドから飛び降りて、入り口の扉に走る。
「ヌナ、どうしたっ…!!?」
扉を開けた瞬間、下腹に強い衝撃を感じて俺は蹲った。何が起こったのかわからないまま、痛みに堪えていると、頭上からヌナの冷たい声が降って来る。
「顔に傷が出来たら困るでしょ?見えない場所にしてあげただけありがたいと思って」
その言葉を聞きながら、自分はヌナに蹴られたのだと理解した。下腹に感じた衝撃は、ヌナの膝蹴りがヒットした時に受けたものだったみたいだ。
そう言えば護身用に格闘技を習ってるって言ってたっけ…なんて、どうでもいいことを考えてしまうのは、現実を真っ直ぐ受け入れるのが怖いからかな。
突然の行動と言葉、声のトーンから感じられるのは、ヌナの激しい怒り。
俺はゆっくりと顔を上げて、はっとした。
「ヌナ…?」
ヌナは、涙がたっぷりたまった目で、俺を見下ろしていた。
「ごめんなさい…、スンリ」
震える声で発せられたのは謝罪の言葉。俺は慌てて立ち上がろうとした。だけど、ヌナの次の言葉が、俺の体を凍りつかせる。
「私はもう…、都合のいい女ではいられないわ。さよなら」
別れの言葉が重く響いた。ヌナの涙が心に刺さった。
ヌナが、あんな風に泣くなんて…。
強い人だと思っていたから、その涙は衝撃的だった。
ヌナが泣いたのは、出会ってから初めてだ。
いや、違う。
俺はその顔を見ていないけれど、ヌナは前に一度だけ、泣いたことがある。
あれは、俺が、事故を起こした時のこと。
「スンリ?スンリ、無事なの?」
事故から数日後、漸くスマホを手に出来るようになった俺は、ヌナから沢山の着信が入っていることに気が付いて、真っ先にヌナに連絡をした。
「ヌナ、ごめんね。俺、みんなに迷惑かけちゃった…」
「そんなこと…。生きてるのよね?無事なのよね?」
「うん。俺は大丈夫。ごめんね…」
「スンリ…、良かった。良かった」
電話越しに聞くヌナの声は、少し震えていた。
「ヌナ…、泣いてるの?」
「な、泣いてないわよ、バカ!…バカ」
ヌナは否定したけれど、俺はヌナが泣いていると確信していた。ヌナが俺のために涙を流してくれている。不謹慎だけど、嬉しかった。ヌナが俺のことを大切に思ってくれている気がして、嬉しかった。
もう二度と、ヌナを泣かせないようにしよう。そう思ったのに…。
どうして、こんなことになってしまったんだろう。
「追わなくていいのか?」
気が付くと、目の前に、ジヨンヒョンがしゃがんでいた。
「ヒョン…」
「追わないと、後悔するぞ」
わかっている。今追わなければ、きっとこのまま終わってしまう。けど、足がすくんで動けなかった。
そんな俺の頭をジヨンヒョンが、ぽんぽんと優しく撫でてくれた。
「大丈夫。お前のヌナは、お前の気持ちを裏切るような子じゃないから。安心してぶつかって来い」
ジヨンヒョンとヌナの間に、どんなやり取りがあったのかはわからない。けど、ヒョンのその言葉が、俺の背中を押してくれた。
「ありがとう、ヒョン!俺、行ってくる!」
俺はヒョンにそう言って、ヌナの後を追って走った。
「ヌナ!」
ヌナは、階下に降りるエレベーターの前にいた。階段を使って降りるには、高すぎる階に泊まっていたことが幸いしたと言っていい。
涙のたまった目に俺の姿を映したヌナは、慌てた様子で、何度も何度も、エレベーターのボタンを押していた。
「ヌナ、待って!」
俺がヌナに追い付いて、ヌナを後ろから抱き締めた時、ヌナが呼んだエレベーターの扉が開いた。あと少し遅かったら、この機械仕掛けの箱が、ヌナを俺の手の届かないところに運んでしまっていただろう。
俺は、ヌナを逃がさないように、ヌナを強く強く抱き締めた。乗るものがいないエレベーターは、やがてゆっくりと扉を閉じた。
「スンリ…、離して…」
「ごめん。無理。お願いだよ…。最後に一度だけ、俺の話を聞いて…」
俺は、ヌナの身体を腕の中に閉じ込めながら、祈るように、何度も、「お願いだよ」と囁いた。
画像拝借致しましたm(__)m