「あの…、ユウ?」
ジヨンが声をかけると、優羽は凍てつくような冷たい視線をジヨンに向けた。ジヨンは思わず、ピンと姿勢を正す。
ここはホテルのジヨン部屋。ジヨンはベッドの上で正座をさせられ、優羽はベッドの縁に足を組んで座っている。部屋にいるのは、ジヨンと優羽の二人だけ。スンリも美緒も一生懸命優羽を宥めてくれたが、優羽に追い払われて自分たちの部屋に戻っていった。
(今頃、二人でイチャイチャしてんのかな?いいなぁ…)
まだ、自分の置かれている状況を深刻に受け止め切れていないジヨンである。
手を伸ばせば触れられる場所に優羽がいる。それなのに、触れられない。どうして自分がこんな状況に追い込まれているのか、ジヨンにはわからなかった。
「ユウ、おこってるの?」
「どうして怒られないと思えるの?信じられない。最低」
日本語で尋ねたジヨンに、優羽は流暢な韓国語で答えた。
「スンリと浮気しようだなんて…、どうしてそんな発想が出来るの?私が来なかったら何する気だったの?本っ当に最低!」
「さ、最後まではしないよ?ちょっと触りっこするくらいならいいかなって…」
「いいわけないでしょ!馬鹿!」
優羽に怒鳴られて、ジヨンはしゅんと項垂れた。
「だって…」
浮気が良くないことだということはわかっている。本気でスンリとしたかったわけでもない。ジヨンが触れたいと思う相手は優羽だけだ。
だけど、優羽は側にいない。触れられない。電話で声は聞けるし、顔も見れるけど、直接会わなければ、気持ちは見えない。
寂しくて、不安だった。
「会いたかったんだ…。凄く」
ジヨンが心からの願いを口にすると、優羽はジヨンに背中を向けたまま、溜め息を吐いた。
まだ呆れている?怒っている?もう、許しては貰えないんだろうか。
ジヨンは、膝の上で、ぎゅっと強く拳を握った。
その時、優羽の囁くような声が、ジヨンの耳に届く。
「私だって…、会いたかった」
「え…?」
小さな声で紡がれたその言葉が、ジヨンは始め、信じられなかった。
今の言葉は何?幻?それとも…
「ユウ!」
「きゃっ!」
ジヨンは、我慢出来ずに、後ろから優羽を抱き締めた。
「ちょっと…ジヨン、離して」
「やだ!ずっとこうしたかったんだ。もう離さない!」
「あっ…!」
ジヨンは、まだ何かを言おうとしていた優羽の唇を強引に塞いだ。そのまま、二人で縺れるようにベッドに倒れ込む。
「ジヨン、ねぇ、待って…」
「やだ。ユウも俺に会いたかったって…そう言ってくれただろ?」
優羽の白い肌が、赤く染まる。先程のあの言葉はやはり、聞き間違いではなかったのだ。
不安で一杯だったジヨンの心は、じわりじわりと、喜びで満たされていく。
「ねぇ、もう一回聞かせて?もう一回聞かせてくれたら、許してあげる」
「許してあげるって…。怒っているのは私の方だったと思うんだけど?」
「いいじゃーん。ね?聞かせてよ」
「もう…」
子供のように我儘を言うジヨンを見上げて、優羽はもう一度溜め息を吐いた。
「ちゃんと言ってあげるから、もう2度と、スンリと浮気しようなんて考えないでね。勿論、他の子も駄目」
「しない!絶対しないよ!約束する!」
ジヨンは真剣に誓って、優羽を見つめる。優羽は優しく微笑んで、ジヨンの頬をそっと撫でてくれた。
「ジヨン。会いたかった。愛してるわ」
今度こそ、はっきりと耳に届いた言葉。待ち望んでいた言葉に、ジヨンの心は震えた。
「もう、どうして泣いてるのよ」
優羽が小さく笑ってそう言った。その言葉で、ジヨンは自分が泣いていることに気が付く。
「だって…」
「馬鹿ね…」
ポロポロと涙を流すジヨンを優羽が優しく抱き寄せてくれる。ジヨンは、優羽の胸に顔を埋め、子供が母親に甘えるように、ぎゅっと優羽の身体を抱き締めた。
「ユウ、ごめんなさい。だいすき。ずっとずっと、側にいて」
優羽の国の言葉で、精一杯の気持ちを伝えて、ジヨンは、優羽の唇に、そっとキスを落とした。
続く