男女は平等だ。
田嶋陽子が見たら「んなこたあない!」と怒られそうな書き出しだが、別に他意があってこのようなことを言うわけではない。
どちらかと言えば、私は「女の人に頼りたい」と常々思っているような今どきありがちな軟弱男である。女性に対する遜りっぷりは男に対するそれの比ではないし、我が家には女性が多いことも手伝って完全なる「女社会」が出来上がっている。私の祖父などは「たとえ世界が核の脅威にさらされようとも、女には逆らうな。遜れ!」と言い残して死んだほどである。嘘だけど。
まあ、なんというか、とにかく男女は同じように得をしているのである。反「男社会」を掲げるむさ苦しいのが大嫌いな私にしてみれば、どんどん女性に得をしていただいて矢沢ばりの精神で成り上がっていただきたい次第である。だが、それにしてもだ、最近は女性が多めに得をした分だけ男が必要以上に「なんだかなあ~」な気持ちになる世の中になってしまってるような気がする。
重ねて言うが、私は「ビバ☆女社会」な人間であり、女性が得をするなら喜んで「なんだかなあ~」と思いたいタチだ。だが、世の中私のような「卑弥呼のような女帝の誕生を望む会」の人間ばかりではない。映画館のレディースデーや女性専用車両、ひな祭りなどに対して「不平等だろ!ジェントルマンデーも作れよ!痴漢が嫌なら派手な格好して電車乗るなよ!俺達もひな人形を片付け忘れてお嫁に行き遅れる心配をしてえよ!」などといった意見をお持ちの男子諸君も多いだろう。これは致し方のないことだ。世の中に女と男という2種類の性しかない以上、自陣の利益を求めるのは当然のことである。だが、一方の得によって一方が損をするという事態はあってはならない。
特撮で喩えれば、男女の関係は「正義の味方」と「悪の秘密結社」のそれと同じだ。「正義の味方」側も「悪の秘密結社」側も自陣の利益を守るために反目し合い、戦う。しかし、「善」が存在しなければ「悪」という概念は成り立たないし、「悪」が存在しなければ「善」という概念が成り立たないのである。お互いにお互いの存在がなければ自陣のアイデンティティを守ることができない。これはまったくもって男女の関係そのものだ。
私の個人的な見解だが、現代社会における男女の「利益」比は五分五分である。田嶋陽子が「女社会」を叫びたくなるようなむさ苦しい「男社会」が確実に存在する一方で、女側のよくわからない理屈で虐げられ、嘲笑される男も確実に存在している。そのくせお互いに異性にモテたくて仕方ないのだから、これはもう、男女揃って「間抜け」だ。
こういう「間抜け」が互いに作用しあうことによって生まれる「危うい均衡」こそが、世の中を構成している成分のひとつなんじゃないかな~と思いつつ、私はすっかり「明日の昼飯のメニュー」に気を取られているのだった。



