さいきん、エフゲニー・プラトフさんの名前を聞くことが、多くなってきた気がします。
昨季活躍したアイスダンス、カー姉弟のコーチとして、再結成なった伝説的アイスダンスカップル、グリシュク&プラトフ組の一方として、そして、ブライアン・ジュベール選手の、新しいスポットコーチにして振付師として。
icenetwork.comに、プラトフさんの記事がアップされていました。今日はこの記事の、日本語書き取りにチャレンジしよーかなーと思います。
【icenetwork.com:エフゲニー・プラトフ よりよい仕事をもとめて】
そのアイスダンスのキャリアにおいて、2度のオリンピック金メダルを獲得したエフゲニー・プラトフ氏が、ロシアで有名になるためには、人気テレビ番組への出演が必要でした。
3度オリンピックに出場し、アイスダンスで史上ただひと組、2連覇の偉業を達成し、4度も世界タイトルを獲得したにも関わらず、1998年にオクサナ・グリシュク氏とともに競技のキャリアを終えたとき、彼は誰にも気づかれずにモスクワの通りを歩くことができました。
プラトフ氏は言います。
「私たちは、そのキャリアから、ギネスブックに掲載されました。それでも、往来で誰も私たちに気づきませんでした。2年前、私は、Skating with the Starsっていうテレビ番組に出たんだけど(ロシアの芸能人と有名スケーターが組んでアイスダンスに挑戦し、勝敗を競う、というテレビ番組のことだと思います)、そのあとは、平和に往来を歩くことができなくなりました。みんなに見つけられちゃって。番組は、ウクライナや、ほかの旧ソ連系の国でも放映されました。私にたいする注目は、信じられないくらい大きくなりました」
皮肉なことに、彼の人生最大の名声は、プラトフ氏が完全にアメリカに移住してから起こりました。1994年以来アメリカに暮らすプラトフ氏は、いまやアメリカ国籍を持つ身であり、陪審員としての義務さえつとめたことがあるのです。
プラトフ氏は、1998年以来、ニュージャージーに住み、プリンストンスポーツセンターで働いています。英国アイスダンスチャンピオン、シニード・カー&ジョン・カー姉弟や、地元のスケーターたちを教えているのです。ときおりは、振り付けも引き受けます。
以前報じられたように、来季、ブライアン・ジュベール選手が、プラトフ氏のプログラムを使う予定にしています。
「プリンストンスポーツセンターは、私たちのホームリンクであると同時に、NHLチームの本拠地でもあり、2面のリンクを持ちます。北米で競技をするとき、たいがいの場合、NHLサイズのリンクで戦うことになります。ヨーロッパをはじめとしたほかの各国で滑る場合、リンクはたいがいオリンピックサイズなんですが。両方のリンクで経験を積むことは、選手にとって有用だと思います。
私は、教え子の数は少なめにしておきたいと考えています。異なるレベルの選手なら、4~5人、あるいは4~5カップルを教えることができますが、トップクラスの選手にたいして、誰を相手にしても100パーセントの力を発揮して教えるのはとても難しいです」
プラトフ氏は、ほぼ2年のあいだカー姉弟組を指導しています。
「彼らは、つねに氷上のクールな革命家です」と、プラトフ氏。「彼らの演技はなんでも、オーソドックスなアイスダンスとは異なります。
新採点法採用以降のアイスダンスは、音楽は違えど私には誰でも同じように、私には見えます。
自分の生徒たちを振付けるとき、私は、ほかのカップルたちと同じような振付を繰り返そうとは思っていません。私は、教え子の最高の部分に注目し、引き立てようとしてきました。コーチとして、振付師として、いちばん難しい仕事は、教え子の最高のアピールポイントを見つけ出すことだと思います」
競技選手時代、プラトフ氏は、3人の伝説的なコーチの教えを受けました。ナタリア・デュボワ女史、ナタリア・リニチュク女史、そして、タチアナ・タラソワ女史。彼自身、タラソワコーチチームの一員だったことがあります。彼は、いままで恩師たちから受けた経験を、彼のコーチスタイルに結実させたいと言います。彼は、懸命に効果的なコーチ方法を追求しているのです。
「コーチになるまえには『なに、そんなに難しいことじゃないさ』なんて思ってたんですよ。でもコーチになってすぐ気づきました。教え子にわずか4分のルーティンを果たさせるために、コーチが果たさなければならない役割が膨大だってことをね。
1年中のほとんどの時間を用意に費やして、でも、本番はたったの4分。テレビと違って、テイク2なんてものはありません。こうした厳しさに向けて、スケーターを訓練しなければいけません。彼らはそれぞれ、競技に際立った才能を持っているわけですが」
プラトフ氏は、カー姉弟のコーチにさいして、スウィングダンスの世界チャンピオン。ロバート・ロイストン氏の協力を受けています。
さて、プラトフ氏は、最近ふたたび、自分でも演技することを再開し始めています。パートナーのグリシュク氏とプラトフ氏の関係は、2度めの金メダルを獲得した長野五輪のあと、壊れました。ふたりはパートナーシップを解消し、プラトフ氏は、ショースケートの世界で演技するために、選手時代はライバルだった、ウソワ&ズーリン組の片割れ、マイヤ・ウソワ氏とパートナーを組んでいたこともあります。
しかし、彼とグリシュク氏は、数年前から電話で話しあう仲となり、やがて、2006年、ついに再結成にいたりました。再結成にはSkating with the Starsが一役かいました。
番組製作者から強く勧められ、彼らはともに滑ることに決めました。
「ショーの2日まえに、ついに私たちは言いました。『いっしょに滑れるか試してみよう』。8年ぶりだったから、練習し始めて最初の2分くらいはどうにも危なっかしかったけど、15分後、私たちはすべてがそこにあるように感じました。お互いにすべてのエレメンツを覚えていて、2、3、新しいこともできたんです。ものの2時間で、準備はととのいました。ショーで演技をするのは楽しかった。お客さん全員から、スタンディングオベーションをもらいました」
彼らは、モスクワで、そして日本の長野でもショーに出演しました。
「ショー出演の申し込みがあれば、2、3日ふたりで合わせて、また、演技しにいくと思います。なにしろ私は、毎日10時間は氷の上にいますからね、我々はつねに調子がいいんですよ」
コーチとして、プロスケーターとしての充足に加え、プラトフ氏は個人的な幸福も見出しています。最近、長年の恋人と婚約したのです。
「指輪は用意しています。でも、贅沢な結婚式は挙げません。私たちは、たぶん、休暇にどこかに出かけて、結婚して家に帰るでしょう」
はい、ここまでです。お疲れさまでした。
荒川静香さんのタラソワ門下時代、アシスタントコーチとして、プラトフさんも訓練に携わったと聞きますし、たしか、高橋大輔選手もグリシュク&プラトフ組のファンだったんではありませんでしたっけ。
現役時代無敵のダンサーだったプラトフさんですが、コーチ・振付師としてのいままでの実績では、アイスダンスの同世代のライバルだった、アレクサンドル・ズーリンさんや、同じくタラソワ女史のアシスタントコーチ出身であるニコライ・モロゾフさんに比べて、ちょっとばかり譲るところがあったと思います。でも……そろそろプラトフさんがブレイクしそうな予感が、なんとなく、灰原はするんだなあ~。
恩師であるタラソワ女史たち、また、後輩(?)になるモロゾフ氏とは違い「限定した教え子しか持たない」という方針であるらしい、プラトフさん。アイスダンスの枠はカー姉弟が埋めちゃってますが、シングルできっちり見てる選手は、トップクラスではいないはず。ジュベール選手も、スポット教授ですし。これは早い者勝ちですね。
振付師としても、カー姉弟の、かなり独創的かつ魅力手な振付を担当なさり、ふたりの順位を上げることにも成功しています。コーチ生活も長く点数計算にも慣れてらっしゃると思うので、かなりお買い得物件というか、ジュベール選手はうまいところに目をつけたなと、灰原、正直思います。
オクサナ・グリシュクさんと組んでのショー出演を再開されたようですし、日本でもまた演技が見られるかな、そっちのほうも、楽しみですね!
史上最強のアイスダンサー、エフゲニー・プラトフ氏。ご本人の控えめな性格からか、押し出しの強い後輩たちに比べて、コーチ・振付業のスタートダッシュはちょっと出遅れ気味だったかもしれませんけど、これから猛烈な差し足でまくってくるんじゃないかなあ。注目です。
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