このお話は続きものです。
プロローグ(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024532498.html
第1話(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024532779.html )
第2話(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024612614.html )
第3話(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024691351.html )
を先にお読みいただけると、うれしいです。




 雨夜でした。月は雲に覆われ、あたり一面が闇に沈んでいる。舞踏室からは貴婦人たちの悲鳴が聞こえます。「誰か! 誰か灯りを持ってきて!」。どうやってし遂げたものか、伯爵家の広い舞踏室中の燭台を、黒珊瑚は一瞬にして消したのです。そして、真闇の中で、盗賊は悠々と名乗ったのでした。「……黒珊瑚参上。後ろ暗いお宝の数々、頂戴つかまつる」。
 逃げ惑う、貴婦人、貴紳の群れ。若者ももみくちゃにされました。
 そもそも若者が今夜の舞踏会に出ることにしたのは、王妃様のためでした。舞踏会を主宰する伯爵は、王妃様の側近のひとり。多忙ゆえ、自身は出席できない王妃様の名代として、花籠を届けにきたのです。そこで、盗賊の来襲に行き合わせたのです。
 黒珊瑚がこの屋敷を狙っていると知っていたなら、部下も連れてきたものを……!
 せめて自分ひとりでも、盗賊を追いたいと思っても、舞踏室には恐慌をきたした貴族たちの悲鳴と怒号が交錯し、盗賊の気配もつかめない。しかも、折悪しい雨夜。
 ……いえ、ほんとうに折り悪しいのでしょうか。盗賊はこの夜を、灯りを吹き消せばなにものも形を失うこの闇夜を、狙いすましていたのではなかったでしょうか。思うにつけ、若者は、自分の不用意さに臍を噛みます。
 ふい、に。
 翼の大きな鳥が、羽ばたいたような、気配がしました。
 若者はテラスを見ました。大きな窓から、翼のようにマントを翻した黒い影が立ち去る姿が、その輪郭が、仄かに光って見えます。若者の頭に、一気に血がのぼりました。
「どいてくださいッ」
 日ごろのおとなしさも、慎みぶかさも振り捨てて、若者は貴人の群れを薙ぎ倒し、かき分け、窓辺に駆け寄ります。黒い影は、テラスの手すりから屋根へと飛び移るところでした。逡巡もつかのま。「ままよ!」。若者は盗賊の跡を追い、テラスから屋根に飛びました。
 屋根から庇へ、庇からまた屋根へ。聖獣さながらの軽やかさで、盗賊は翔けます。
「待て!」
 若者の声は、雨音に消される。届かない。しかし、届いたところで賊が止まるはずもない。追跡もむなしく、盗賊の背は見る間に遠くなっていく。若者は焦ります。自分に言い聞かせます。いかに盗賊が屋根歩きに長けていようと、この自分もフレイル人の子、追いつけないはずはないはずだ!
 もっと高く、もっと軽やかに、屋根を翔けることができるはずだ!
 そして若者は力強く屋根を蹴り……。
 雨ですっかり濡れた屋根を蹴り……。
 気がついたときには、足の下にはなにもなく……。
 くるりくるりと回りながら……。
 ……川に落ちたのは、女神様の御恵みだったと言わずばなりますまい。




「おのれ! 黒珊瑚!」
 若者は、勢いよく立ち上がりました。
「このコリドラス・エネウスに行き会ったがおまえの不運! 罪を悔い、神妙にお縄を頂戴せよ!」
「おう、自分が誰か、思い出したようだな。良かった、良かった」
 頬布の男……いいえ、先般から都を騒がしやんごとなき方々のご心痛の種となっている大悪党、盗賊黒珊瑚は、悠然と立ち上がりました。
「じゃあ、俺はそろそろ退散しよう。服が乾いたら、兄さんも帰るといいよ」
 盗賊は小屋の木戸を開きます。
「こら、待て! 待てと言うのが聞こえないのか!」
 若者……グレイル近衛隊長コリドラス・エネウスは、黒い掛け布を力任せに盗賊に投げつけました。布が、はためきながら、ねじれながら、盗賊を搦めとります。
 仕留めた!
 エネウスは盗賊に駆け寄り、勢い込んで掛け布を剥ぎ取りました。
 歯噛みしました。
 盗賊の身体と思ったものは……積み重ねられた、オキシパ漁の壺でした。
「くそうッ」
 エネウスは木戸を開け外にまろび出ました。いまだ止まぬ雨が、雨粒が、晒された素肌を濡らします。エネウスは目をすがめました。遠くに、屋根を、梢を、渡っていく小さな影がかすかに見えます。あれぞまさしく盗賊黒珊瑚。しかし盗賊は、エネウスが屋根を渡って追ったときとは、少々姿を変えているように見えました。
 翼がないのです。
 大きな鳥の羽ばたきのように、翻っては風を起こしていた、黒珊瑚の黒い翼が。
「……あっ」
 エネウスは、手にした黒い掛け布を見ました。黒い、ごわごわした、どうやら雨よけの蝋を塗りこんであるせいで、触ると手のひらが少々ぬめる……黒い、掛け布を。
 これこそ黒珊瑚の翼。闇夜に風を起こす、黒珊瑚の黒いマント。
「……おかしな盗賊だな」
 エネウスはひとりごちました。
 あの盗賊は、盗賊のくせに川に落ちた追っ手を助けて、濡れた服を脱がせ、焚き火で温めていたのです。そして、追っ手に自分のマントを脱いで、掛けておいてやることまでしたのです。
 それだけではない。あの盗賊は、自分が誰かわからなくなっていたエネウスの、記憶を取り戻す手助けまでしてくれました。もしエネウスの記憶が戻れば、また追われることはわかっていただろうに。わけのわからないことをするものです。
 恩を売ったつもりか。それとも気まぐれの善行なのでしょうか。悪党が。悪党のくせに。悪党の分際で。
 いつのまにか、盗賊の姿は、雨粒にまぎれて、すっかり見えなくなっていました。エネウスはため息をつきました。
「とりあえず、このマントは、洗って火熨しをかけておくか……」
 濡れて砂まみれで、焚き火の煙を吸って燻くさい。借りたものを、こんな状態で返すわけにはいきませんからね。
 宸襟を悩ます大盗賊と、王家の守護を拝命する自分は、いつか、必ずやまたまみえることになるであろう。そのときにこそ……まずは受けた恩義にしっかり礼を述べ、借りたマントも返したうえで……王都の暗闇を翔ける盗賊黒珊瑚を、絶対にこの手でひっ捕らえてやるぞと、コリドラス・エネウスは心に誓いました。
 ……ある、雨の夜のお話です。




《おしまい》



「エネウス~雨の夜話~」は本日でおしまいです。読んでいただいて、ありがとうございました!




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