このお話は続きものです。
プロローグ(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024532498.html
)
第1話(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024532779.html
)
第2話(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024612614.html
)
を先にお読みいただけると、うれしいです。
その部屋は、白くて、ふわふわしたものに埋めつくされています。
手すりにすかし模様の彫りこまれた白い小さなベッドに、泡立つレースの縁飾りのついた、真っ白い寝具。枕辺には、フレイル渡りの、透けるように白い磁器の壺が置かれ、ふわふわした白い花が活けられています。みんな白です。ふわふわです。
なかでも真っ白くて、ふわふわしているのは、ベッドの主、その人でした。
「ほうーら若姫、大好きな、ミルク入りのお粥よ。ふうふうして、食べようねえ」
ベッドのすぐ横の椅子には、ひとりの婦人が座っています。若者とよく似た、茶色い髪と青い大きな瞳をしたその婦人は、若者の姉ぎみ。ベッドに寝かせられている若姫の母、その人です。
姉は、ミルク入りの粥の入った白いスープ皿と、銀のスプーンを持っていおり、スープ皿からは、温かな白い湯気がふわふわと立ちのぼっていました。若姫は、白い絹地とレースに包まれた小さな手足をばたばたさせて言いました。
「だあー」
笑っています。小さな目、小さな鼻、小さな唇に満面の笑みが浮かべられています。若姫は湯気を見ています。ベッドの上に、瑞雲のごとくたなびく白い湯気。若姫は湯気が大好きなのです。
「だあー」
またばたばたします。小さな手を、湯気に向って伸ばします。大好きな白いふわふわを、手に掴みとろうとします。でも、哀しいかな、たなびく湯気は、小さな姫君の指を素通りする。若者の姉ぎみが邪険に言いました。
「馬鹿ねー。湯気には触れないの。はい、お粥食べようね、パレちゃん」
「馬鹿とは! 馬鹿とはなんですか、姉上! 言うに事欠いて、若姫に、馬鹿とは!」
姉ぎみの傍らで様子を見ていた若者は、激昂しました。
「この世のたいがいの赤子は、お粥の皿を見せられれば、一刻も早くお粥を食べたい一心になるはず! ところがうちの若姫は、お粥からは湯気が出ていることを発見して、興味を示しているのです! この若さで、驚嘆すべき聡明さです! そうじゃありませんか、姉上!」
「お言葉だけれど、よそのお子さんだって湯気を追ったりするそうよ」
「それはよその親御さんの勘違いです!」
すごい。言い切ります。叔父馬鹿もここまでくると立派。
「うちの若姫ほど聡明で気高い赤子は、全ダイナスティアを探してもひとりもいません! 世界一です! うちの子は、どんなに誉めても誉めすぎということはありません! そうでしょう、姉上!」
……若者の、姉ぎみは。
弟が熱弁をふるっているあいだ、銀の匙で、若姫にお粥を食べさせはじめていました。一見、弟の言葉など、聞いてもいないように見えました……が。
「そうねえ……」
若姫のために、つぎのひと掬いをふうふう冷ましながら、しみじみと言いました。
「湯気がどうこう……って部分を置いとけば、あなたの言うことにも一理あるわね。誉めて誉めて育てる、か。いいかも」
「そうでしょうそうでしょう!」
「たしかにわたくしも、うちの姫ほどかわいい赤ちゃんはいないと思ってたのよね。傲慢かな、と思って、黙ってたけど……」
「姉上は傲慢じゃありません! それは、ただの事実です」
「もう、ほんとに叔父馬鹿ね」
姉ぎみは笑い出してしまいました。
「わたくしがちょっと誉めるのを忘れても、あなたがわたくしの百倍誉めてくれちゃうでしょうね。馬鹿な叔父を持って、この子は幸せだわ」
自分こそ幸せそうな顔をして、姉ぎみは指で、若姫の額にかかる巻き毛を撫でました。つややかに光る、白銀色の巻き毛を。若者はうっとりとその光景を眺めました。
魂の気高く汚れないことを示すように、髪さえも白く輝く……愛しい姪。
誉めても、誉めても、まだまだ誉めたりない。
若者は、心から叫びました。
「ああ、パレアトゥス! あなたは世界一ですよ!」
「……パレアトゥス?」
夢から醒めたように。
若者は呟きました。目を瞬きました。
そこが、真っ白な光溢れる姪の子ども部屋でなく、優雅な王妃のサロンでもなく、殺風景な近衛隊舎でもないことを理解するのに、数瞬かかりました。
揺らめく炉辺の炎。散乱する壺。
オキシパ漁師の漁小屋です。
「なにか、思い出したか?」
声が聞こえました。若者は声のほうを見ました。小屋の入口近くに、背をもたれて座っている人影を。
黒い頬布。
頬布からのぞいている、黒く輝く双眸は、鋭い、研ぎ澄まされた印象を、見る者に与えます。
片膝をたてた座り姿、一見細身に見える体つきも、よくよく見れば鍛えられたそれとわかります。そう、若者には……自分もまた鍛錬した武人である若者には、わかったのでした。……この、黒い頬布の男は、いざ立ちあいのさいには、鞭のごとくしなやかに身をこなすであろう。
男が、毛布代わりに自分にかけてくれたらしい、黒い大きな布を、若者はあらためて見ました。布は目の詰んだ平織りで、片側には蝋が塗られているようです。そう……たとえば、雨の日に羽織って出かけても大丈夫な、マントのように。
……黒い……マント?
「あああっ」
若者の脳裏に、またつぎの記憶が蘇ります。
「待て! 黒珊瑚!」
若者は叫んで、舞踏室のテラスに飛び出しました。

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