このお話は続きものです。
プロローグ(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024532498.html
)
第1話(http://ameblo.jp/haibaran/entry-10024532779.html
を先にお読みいただけると、うれしいです。
その男は、いつも大概笑っていて、若者が叱っているときでも笑っているのでした。若者はいっそう怒って言いました。
「真面目に聞け! 私はこんどこそ本気で怒ってるんだぞ」
「わかってるさ。ごめん、ごめんてば隊長。ちゃんと反省してるからさ、かわいい顔でそんなに怒るなよ」
「かわいい顔とはなんだ!」
若者が怒鳴りつけると、相手は首を竦めて、ごめんごめんこの通り、と両手を合わせました。グレイル人はしない、その仕草。若者は男の手の甲に目を止めます。
浮かび上がる、薄紅色の三日月。
霊山チャタムしろしめすギンガ総帥から、奥義を認められた証。
武勇の誉れ並びなきギンガの勇士を友に持てたことを、若者は喜びます。だけれど、同時に思います。自分のような、家柄だけで地位に就いたような若造を頭領と仰ぐことを、この勇士は物足りなく思うのではないか? 若者の憂慮を、勇士は一笑に付します。自分はいままで、おまえほど上等な人間に出会ったことはない。おまえのように清廉で忠実な隊長の元で働けるなんて、こんなに幸せなことはない。
友の言葉をうれしいと、若者は思う。素直に思う。そして、うれしいがゆえに、この、武勇に長けた勇士の友人として、隊長として、一層の精進を重ねようと誓う。
この友は、若者の誇り。
……であると同時に、頭痛の種でも、あったのでした。
「前々から言っておいただろう。今日の訓練を、王妃様がたがご見学に見える。だから遅刻厳禁だと」
「聞いてたかなあ。忘れたなあ」
「王妃様のご臨席を、こともあろうに忘れただと!? おまえ、それでも近衛隊の副隊長か」
「ううむ。なんだか一応そうみたい」
「みたいとはなんだ!」
「いいじゃんいいじゃん。隊長様が真面目なぶんさ、俺が柔らかくしてるのさ。パンだって、固いばっかり、柔らかいばっかりじゃ美味くないだろ? 外側パリっと中はふんわり、メリハリが大切っていうかー」
「……おまえ、いいこと言うな」
こらこら。そこで騙されちゃだめでしょ。
手もなく口車に乗せられて、今日も叱責は中途半端に終わり。三日月の男の勤務態度は一向に改善の兆しもありません。遅刻無断欠勤あたりまえ。だけれど彼は、王宮に賊が押入ったりといった火急のさいには、どの隊員よりもすばやく現場に駆けつけ、やんごとない方々を守ります。近衛隊の本分に対して優秀なために、日ごろの訓練などで、どんなにちゃらんぽらんでも許されてきたのです。
許されて……きたのでした。
「職務を振り捨てて遠国に出奔したような者を、近衛隊副隊長の座にすえつづけるのには、わたくしは反対ですわ」
美しい貴婦人が、細い眉を、優雅にひそめて言いました。
三日月の男の面影が、若者の脳裏から去ります。
別の思い出が引き出されました。
グレイル宮廷で、もっとも麗しいと謳われる、その人。
セント・ブルータル・モーレイのアメジストと諸国に称えられる、ある貴婦人の、面影が。
「あの者を、副隊長から、いますぐに罷免するべきです」
その人は、麗しいかんばせに、少なからぬ険を刷いて言いました。
「近衛隊員が、国主に許しも得ず職務を放棄するなど、許されざる不敬! 流罪になっても、文句は言えません。罷免だけでは、甘いほどですわ」
波頭で砕ける泡のように白い、白い頬を紅潮させて、貴婦人は言います。怒りのあまりか、瞳が潤んで見えます。お怒りのときでさえ、なんとお美しい。若者は、貴婦人の麗姿に感動します。ですが、感動している場合ではない。
「恐れながら王妃様、副隊長が武者修行の遍歴に出るについては、国王陛下にご許可を賜りました」
「許可を賜ったのはあなたでしょう! あの者が出奔したあとに、国王陛下に、なにとぞお許しを、と願い出て!」
貴婦人は、手にした扇を、荒々しく閉じました。
「隊長の補佐をするどころか、恥をかかせるような副隊長など、いないほうがよほどマシではありませんか! わたくしには、なぜあなたがそんなにもあの男を庇うのかが、わかりませんわ」
「剣の腕もたちますし、部下の人望も厚い。いい加減なところもありますが、とても心根が良い男なんです。近衛隊には、ぜひあの男が、あの男の力が必要です」
「なにもあのような、ギンガに入るまえにはなにをしていたかもわからぬ風来坊に頼らずとも、近衛隊には、あなたがいるではありませんか。剣の腕は一流で、人望も厚く、性格もとっても素晴らしい。そのうえ、グレイルいちばんの名家の子息である、あなたという、立派な隊長が」
「いいえ。いまの私では、ダメです。私だけでは、ダメなんです」
若者は貴婦人に訴えました。
「私はブルータル・モーレイからほとんど出ることもなく育ちました。いままで知らなかった世界のことを、あの者からたくさん学びました。私にはまだ、学びたいことがある。そばにいて欲しいんです」
「……あなたがそんなふうに、必死でおっしゃるとは、珍しいこと」
貴婦人は目を細めて若者を見ました。
唇の両端をつりあげて、笑っているように見えますが、笑顔にしては温かみのないその顔で、貴婦人は若者に近づき、小さい子にするように、頭を撫でました。
「あなたはよほど、あの者がお好きなのね」
「はい。好きです。気持ちのいい男ですから」
「……わたくしよりも?」
「そ、そんな!」
若者は仰天して飛びすさりました。
「そんな。王妃様と、あいつを、なんて……! 比べようがございません」
「どちらが好きなの? と聞いているのですよ。わたくしの質問にお答えなさい」
「それはもちろん、王妃様です!」
「まあ。うれしいこと」
若者が叫ぶように応えると、貴婦人は、上品に扇で口元を覆って笑いました。その笑顔の優しさ、気高さに、若者は恍惚となりました。
「ときにお話は変わるけれど、姉ぎみは、お元気?」
「はい。元気です」
若者は居ずまいを正して答えました。
「王妃様には、いつも母と姉にお気遣いをいただいて、ありがとうございます」
「気遣いだなんて、他人行儀な。あたりまえではありませんの。あなたの母君とわたくしとは、従姉妹でしたっけ、また従姉妹でしたっけ、になるのですし……。どちらだったかしらね」
「ええと……なにぶん、血縁が入り組んでおりますから……」
「そうなのよね。あなたのコリドラス家と、わたくしのトリキアス家、それに陛下のご実家のアンティアス家と王家は、ほとんどひとつの家族といっていいほど、血が近いのですもの。誰とどんな間柄だったか、いつもわからなくなってしまうわ」
貴婦人は、ほう、とため息をつきました。
「近い親戚なのですもの、もっと親しくさせていただきたいと思っているのよ。それに、もしかしてもっと近い親戚になるかもしれませんものね。たとえば姉君、マイヤシー様に姫君でもお生まれになったら、ぜひ、わたくしのダニオを、婿候補に考えて欲しいと思うわ」
「ダ、ダニオ様と、私の姪が、け、結婚!?」
「そうなったら、わたくしとあなたの間柄はどうなるのかしら? あなたはダニオの義理の叔父上になるわけでしょう。そうしたら、わたくしから見たら、あなたは義理の……弟?」
「お、弟!? わ、私が、王妃様の!? そんな、恐れ多うございます!」
「まあ。恐れ多いだなんて、大げさねえ」
貴婦人は楽しげに笑います。
「だけれど、そうなったらどんなにいいことでしょう。コリドラス家に姫君が生まれたら、そしてその姫君がダニオと結婚してくれたら……」
貴婦人は夢見るように語りました。
そう。夢。夢だったのです。だって、このときには、まだ、若者の姉は子どもに恵まれていなかったのですから。
コリドラス家は若姫に恵まれてはいなかったのですから。
でも、いまは……。
つぎの思い出、思い出と呼ぶには新しすぎる記憶が、若者の脳裏に像を結びます。
その記憶は、白い、真っ白い湯気の形をしていました。
《つづく》
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