ふと気づくと、またAyのことを考えている。


何かきっかけがあったわけじゃない。ただほんの少し気持ちが緩んだ時、空白になった思考の隙間に、自然とAyの面影が入り込んでくる。

街を歩いていても、電車に揺られていても、仕事の合間にふと視線を落としたときにも、Ayの姿や笑顔が脳裏をよぎる。

彼女の誕生日がある夏から秋への季節の変わり目になると特に思い出すなあ。
風の匂いが変わった瞬間や、夜の空気が少しひんやりした日なんかは、なぜかAyと過ごした日のことが、妙に鮮やかによみがえってくる。

だけど今は、あんまり連絡すらとれない。
理由はいろいろあるけれど、一言で言えば、僕が彼女を傷つけてしまったからだと思う。心のどこかで、「まだきっとわかり合える」「ちゃんとまた少しずつ戻れる」――そんな淡い希望を抱いていたけれど、現実はそう甘くなかった。
それでも僕は、彼女の存在を、今でも毎日のように想いを馳せてしてしまう。
自分の心には、すっかり住みついてしまってるよ。

この恋は、終わってるのかもしれない。
この恋は、ゴールはないのかもしれない。
もう進展も後戻りもできない、行き止まりの片想い。
だけど、ほんとに好きなんだ。
誰かをこんなにも大切に思ったのは、正直、人生で初めてかもしれないなあ。

年齢とか立場とか関係なく、「この人を守りたい」「そばにいたい」って、心の底から思ってて。どんな言葉を重ねても足りないくらい、Ayという存在が自分にとって大きくなっている。
こういうのは初めのことだなあ。

だから、今思うのは、いっそ、無茶苦茶嫌いになれたら、いっそ生きるのさえやめちまえば、どれだけ楽だろうってなあて。
無茶苦茶苦しく悩んだ過去があったから余計なのかもしれない。それも「なかったこと」にして、心から追い出せたら、もっと楽に嫌いになるのかもしれないか。でも現実は、まるで逆だろう。

思い出すたびに、温かい記憶ばかりが蘇る。
彼女の優しい笑顔、ふとした時の言葉づかい、時には照れくさそうに見せる素直な表情。

「好きだなあ」と感じた瞬間の数々が、今でも心を満たしてくる。だから余計に、前に進めない。進む気もないんだけどね。

好きって、どうしてこんなに残酷なんだろう。
叶わないとわかっている恋なのに、手放すことができない。
何があっても揺るぎなく
それでも、僕の心の中では、今もAyが生き続けてる。

本当に不思議なものだ。
恋が終わっても、想いは終わらない。
これが愛なのかもしれないな。
むしろ、会えなくなってからの方が、想いが強くなっていくような気さえする。

時間が経てば忘れられるなんて、みんなよく言ったのだろう。それはたぶん、浅い恋だった人の言葉だ。
深く好きになればなるほど、時間では薄まらない。
むしろ、時を重ねるほど「本当に大切だったんだ」と痛感する。

そんな日々の中で、僕は少しずつ自分に問いかけている。
「それでも、好きでい続ける覚悟があるのか?」
「このまま、Ayを想い続ける人生を選ぶのか?」
考えなくても答えは出ている。
嫌いになることができないという、それが僕の“本当の気持ち”だということ。
ずっと想いつづけていくよ。

きっと僕は、この先も何度もAyを思い出すだろう。ふとした瞬間に、Ayの面影や声を探してしまうだろう。

それでも、構わないと思っている。
好きだった人の記憶を、大事に抱えながら生きる人生も、悪くないね。それは愛してる証だと思う。

心の中で、いつもそっと願っている。
「どうか笑っていてくれますように。」
「どうか、幸せでいてくれますように。」
ずっと大切に思ってているのは嘘ではないから。