京都ステンドグラス巡り今回、京都駅に降り立った時、東寺の塔を見損ねた。駅の周辺はビルで埋め尽くされいてるけど、今でもホームから見えるのかしら。 昔は塔を囲む黒い瓦屋根の広がりが、京都に来た!と感激させてくれたものだけどなあ。何時の話ヨ、と娘。はんせいき、じゃない60年前!あの頃は1年に何回も京都へ出かけ(られ)たのよ。 東山魁夷の「年暮る」のエピソード、川端康成が京都の町家の消滅を憂い、東山に製作を勧めたのが1968年だもの。 https://tsubasa.ana.co.jp/culture/museum/museum_202310-01/ 数日前の予報は小雨だったが、今日は晴、暑くなりそうだ。東山の緑が濃く、比叡山が雲を被っている。 スタートは清水の五龍閣から。関西建築界の雄、武田五一の設計になる魅力的な作品だ。何度か訪れたのだが、いつも休業。今回やっと「本懐ヲ遂グ」。但し、営業時間前。二年坂、三年坂を経由する登り道、辛いよう~ 元は清水焼の窯元出身の起業家松風嘉定の邸宅であった。以下のサイトに超詳しい来歴があるので、利用させて頂く。 https://sumai01.hatenablog.com/entry/2018/01/11/165303 次は円山公園のなかにある長楽館。 ティータイムを楽しんだことはあるが、窓の外の景色に気を取られ、ステンドグラスの記憶はアイマイ。 今日はガイド付きでゆっくり楽しませて頂こう。数が多すぎて、選べない。 https://chourakukan.co.jp/concept/ ランチが遅くなるので、凌ぎにショートケーキ(美味しい!)とお茶を頂けたのが、「想定外」の幸せ。 昼近くだが、次は島津製作所の創業記念資料館。この企業の名前をはっきり覚えたのは、社員の田中氏のノーベル賞受賞のとき。もう20年以上経つと知って驚く。 実は私は島津製作所の見学、と聞いて、本社ビルを改装した結婚式場、と早とちりをしていた。予想と趣の異なる小さな建物をみて、ビックリ、ガックリ。しかし、ガイド嬢の解説で創業者父子の天才的エピソードを伺い、物理音痴の私も興味津々。 https://www.shimadzu.co.jp/aboutus/company/history-detail.html しかも此処には日本のステンドグラスの草分けの一人、宇野澤辰雄の作品があった。https://brownrex.exblog.jp/18425431/ 遅い昼は山科へ。学生時代、大好きな醍醐寺へ行くときの乗換駅だった。駅の周囲は閑散としており、六地蔵行きのバスが進むと、田圃の向こうから五重塔の水煙がだんだんと近付いてきたものだった、何時の話ヨ。 駅近くのホテル山楽。折り上げの天井とステンドグラスは多分新しいものと思われる。ホテルのサイトには、西洋のアンティーク風デザインを取り入れて現代に作られたもの、と明記されている。ロビーの壁一面の鶴のステンドグラスには、伝統的な松ではなく、伸び盛りの筍があしらわれているのが面白い。 和洋中取り混ぜの、カラフルなバイキングを頂く。https://totteoki.kyoto.travel/11687/ 最後に歴史ある町屋へ。 千切屋は室町時代から続く、京都では最古の一つと言われる商家。遠祖は藤原鎌足の子息不比等(淡海)の末裔と伝える。https://www.chionsha.com/chikichishoten/ 応仁の乱後、初めて法衣を商った当主は、祖先が春日大社若宮祭事に「千切花の台」を奉納していたことから、商標を「千切台」、屋号を「千切屋」とした。 https://www.chiso.co.jp/about/history/#chikiridai 当主吉右衛門氏は17代目とか。 旧本能寺や本覚寺が近いので、明智の軍隊は家の近くを通ったと思う、など、如何にも古い京都の人ジョークで笑わせる。(本当、かもね) 特に大正期は第一次大戦でフランスの絹産業が大打撃を受け、代わりに日本製品が伸長、未曽有のバブル期が到来したそうだ。なるほど映像では、殺到する注文を捌くため、京都で2台というフォードが導入され、店先に停まっていた。 https://maimai-tour.jp/event/ky26b2470/ 写真 左 五龍閣のトイレのステンドグラス 中 長楽館のトイレのステンドグラス 右 ちきり舎の廊下のステンドグラス