「妬み・妬まれる」息苦しさから解放されて自由に生きる
人の成功が羨ましかったり、少しうまくいっただけで妬まれたり。そんなことはありませんか?
「ない」と断言する人でも、この本を読めばおそらく「そういえば」と思いあたるのではないでしょうか。
著者曰く
実は妬みという感情は、人間が生まれながらに思っている、きわめて自然な感情のひとつなのです。(p166)
だとしたら、扱い方を心得ておくにこしたことはありませんね。
この本は、ジェラシー研究家であり、声楽家でもある著者が「妬みの研究」に真っ向から取り組んだ本。
前著『人生がうまくいく人のジェラスフリーな生き方』が「妬む側の人」に向けて書いた本だとすれば、本書はその対岸「妬まれる側の人」に向けて書かれた本です。
妬む側と妬まれる側
妬む側と妬まれる側。人はすぐに分けたがります。
しかし、きっぱり分けられるわけではなく、一人の人間の中に「妬む人・妬まれる人」両方が住んでいるのではないでしょうか。
そんな思いでページをめくると、いきなり文字色と地色が反転するこの見開き。
「妬まれる人」に向けた7つの章
そんな「ねたまれる」と「なめられる」を、著者が真正面から検証。
妬みの力学〜原理〜行動〜作法〜境界〜勢い〜覚悟。
研究家らしい章立てですが、むずかしくはありません。
年齢や受験、日常にありがちな「妬み」の場面をとりあげているので、誰でも読みやすく、腑に落ちます。
また、構成もユニークで、途中マンガや脚本風の内容も組み込まれていて飽きません。
7章のうち第6章は、若者に向けて書かれた章です。
妬みの感情はさまざま。人が成長する過程で比較することから生まれるものだとしたら、あちらにもこちらにも。誰だって、いつどこで妬まれていないと限らないのですよね。
さらに残念なことに、どうやら「妬まれやすさ」には「なめられやすさ」が関係しているようなのです。妬まれてもどうってことない人でも、「なめられる」って嫌じゃありませんか? 一体どう扱えばいいのでしょうか。
「妬みは絶対にあるものだと認識する」
著者は、いいます。
妬みは使い方次第で、私たちの成長を後押しする“飛躍のエネルギー”に変えることができるのです。
そして、こうも。
妬みは、人生における“成長の起爆剤”です(P169)
誰かが成功して羨ましいなと思ったら、著者のように「ジェラっちゃう」と明るく讃えて、良い関係性を育めたらいいですよね。
最終章でたどり着く「心の軸と実力の到達点」
そんな「妬み」の本質を理解し、「妬む側」を「許すこと」ができれば理想です。
妬む側も好き好んで争いたくはないはずです。
第1章から第6章までは、最終章で人として「堂々として立つ」ためのプロセス。
そして、最後は著者からのエールです。
清川永里子さんのジェラシー本で感じたこと
前著に続けて、清川永里子さんのジェラシー本を読みました。不思議と生きるエネルギーが湧いてきます。
妬むことも妬まれることも、人としての自然な感情が起こしている。
「自分には妬みも妬まれることもない」と無視するのでなく、「ある」と認識すれば、考え方次第で成長のチャンスに変えることさえできる。
全ては、生きているからこそ。他人の妬みも自分の妬みも、愛おしいものに思えてきます。人と人が出会うこと。この本と出会ったこと。どれも、ただの偶然ではないと思うのです。
どんな出会いであっても、「おかげで感情豊かな人生を味わえている」「自分の軸を整えるチャンスでもある」と思えてきます。相手に思いやりとリスペクトを持って接することができれば、自分のこともきっと大切にできますね。
一年の最後に、素敵な本と出会えてよかったです。
新しい年に向けて、自分の軸を整えるのに役立ちそう。清川永里子さん、ありがとうございました。
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