久しぶりの更新。といっても、特に書く事はない。とりあえず頭の体操(ボケ防止)も兼ねて、文章を書く練習をしておきます。
今年は、正直言って高校野球にあまり力が入っていません。
というか、自分でも驚くくらい、急に高校野球熱が冷めてしまった感覚があります。物心ついた頃(4歳、5歳?)から45年くらい追いかけてきた高校野球。組み合わせ抽選に一喜一憂したり、地方大会1回戦から速報を気にする日々(ネットがない時代は球場に電話して聞いていました。今思えば迷惑なファン)。授業中も仕事中も寝る前も、1日中高校野球のことばかり考えていたのに・・。最近はそこまでの熱量で向き合えなくなってきました。
年齢を重ねたからなのか、単純に飽きたのか、それとも色々見すぎたのか。理由は自分でもよく分かりません。ただ、これまでみたいに「全地区、全試合チェックしなければ」といった呪縛からは解放された気がします。「予想を当てたい」とか「1試合でも外したら鬱になる」とか、そういう執着も多分なくなりました。散々やって来たので、もうええかなと。これからは夏の風物詩として、気が向いたときに高校野球を眺めるくらいの距離感で行こうかなと思っています。
もちろん、野球場で高校野球を見るのは今でも好きです。夏の空気、ブラスバンド、アルプス、負けた瞬間に崩れ落ちる選手。あの独特の空気感は、他のスポーツにはない魅力があると思っているので、今年も観戦には行くつもりです。
で、改めて、なんでこんなに熱が冷めたんやろうと考えてみたんですが、パッと思いついたのは2点。(高校野球ファンという視点。今は選手でもないですし、学校関係者でもない。あくまでも自分ファーストで考えた場合)
①従来の高校野球が年々形を変え、別の競技みたいになろうとしている点。
→特に大きいのは7イニング制の議論。もちろん、暑さ対策や投手の負担軽減が必要なのはわかります。実際、今の夏は昔より危険やし、時代に合わせて変わっていく必要があるのも理解しています。でも、個人的には「そこまで弄るなら、もう別競技やんけ」という感覚もあるんです。高校野球って良くも悪くも9イニング込みのドラマやったと思うんですよね。
無理を美談化したいわけではないんです。ただ、効率化とか合理化だけで削っていくと、高校野球特有の熱や泥臭さまで消えてしまう気がして、そこに冷めてしまった部分はあります。
あと、野球人口の減少もかなり大きい。昔みたいに「どこが勝つか分からへん」という感じが年々薄れてきた。強豪校への一極集中が進んで、設備も人材も整っている一部の学校だけが勝ち続ける時代になってきている。
努力して強くなっている学校を否定したいわけではないんですが、昔の高校野球にはもっと”地方の公立が突然出てくる不気味さ”とか、”無名校が夏だけ化ける感じ”があった気がするんです。
今は情報も育成も洗練されすぎて、勢力図が固定化されてしまった。予想する側からしても、「結局そこか・・」となる地区が増えた気がしていて、そのあたりも昔ほど熱中できなくなった理由の一つです。
②高野連会長、謎の辞任。
→これも少なからず、気持ちが萎えた要因です。
何か知らんけど、気づいたら高野連会長が辞めていた。しかも理由がよく分からない。別に他人の事情を根掘り葉掘り知りたい訳ではない。ただ、高校野球という巨大コンテンツのトップが交代するなら、「こういう理由です」くらい説明があってもええやろとは思う。一番上の人間が辞めるとなると、急に情報がぼやけることに不信感を抱いてしまった(ブラックボックス感)。
一方で、不祥事を起こした監督や学校については、処分内容まで細かく発表される。「下には厳しく、上には曖昧」そういうダブルスタンダードっぽさも引っ掛かっている。
高校野球って「教育」「健全」「高校生らしさ」みたいな言葉を掲げる一方で、肝心な部分の説明責任はぼやけたまま進んでいく。その違和感が、年々大きくなっていったのは事実。別に何か裏があるとか言いたいわけではない。ただ、「見せる部分」と「見せない部分」の線引きにモヤモヤすることが増えて、昔みたいに純粋な熱量で高校野球を追えなくなったという事やわ。
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やる気が少しでも出れば、備忘録として夏の代表校予想(5点予想)だけはしようかなと思ってる。小学校の時から毎年続けてきたからね。ただ、今回はそれすらも怪しい。気力が沸いてくるか不明。出来ればそこだけは聖域として続けたいんだが。大げさか。