ポーランド旅行記2019(31)アウシュヴィッツ博物館見学(2) | たびぶくろツアー☆

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とあるオッサンの手慰み

 

 

 

2019年

 

5月1日

 

ポーランド共和国

 

オシフィエンチム

 

 

 

 

 

【Prisoners Life】の収容棟では

通路一面に収容者の

顔写真が貼られている。

両サイドから男女とも坊主頭の

人達に見つめられて

気分が重苦しくなる。

 

 

 

 

 

収容所の子供たち…

囚人服は大人用しかないからって…

ふつう子供たちに囚人服を着せるか?

 

 

 

 

 

藁を敷いただけの部屋…

家畜扱い…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これはカポー(収容者を取り締まるため、

収容者の中から選ばれた者)の部屋。

他の収容者より良い食事や部屋を

与えられ優遇されていた。

ほとんどのカポーは同胞に対して、

ドイツ兵より手厳しかったという…

そうすることでドイツ兵から

の信頼と歓心を買ったらしい。

 

 

この時代に

水洗トイレだったのがすごい。

ドイツ兵やカポーが使用していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10号棟と11号棟の間にある【死の壁】

 

ポーランドの国旗をイメージした

白と赤の献花が添えられていた。

 

ここで数千人が銃殺されたらしい…

この死の壁が見える棟の

窓には、外が見えないよう

板が打ち付けられてあった。

後で調べて見ると

同胞が銃殺されるのを

見たくないから、そうしてくれと

ドイツ兵に嘆願したらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集団絞首台

想像しただけでゾッとする…

 

 

 

「夜と霧」の著者

ビクトール・E・フランクルが

アウシュヴィッツに到着したとき

列車の中から

初めて見た光景が集団絞首台に

吊られた人々だったというから壮絶だ…

 

 

吾輩たちが眼をそむけたくなる光景も

実際に収容されていたフランクルに

言わせれば

「苦悩する者、病む者、

死につつある者、死者…

これらすべては数週の収容所生活の後には

当たり前の眺めになってしまって

もはや人の心を動かすことが

出来なくなるのである」

要するに、死が日常になると

無関心、無感動になると…

地獄だな…

 

 

 

 

収容所の北側には

ガス室焼却炉がある。

 

 

 

入ってすぐにガス室があり

天井にはチクロンBを投げ入れた

とされる穴が開いている…

 

 

 

毒ガスとして使用した

チクロンBの空き缶。

 

 

 

 

 

 

ガス室の隣に焼却炉があり

ガス室から運ばれ遺体を

ここで焼いた。

 

 

 

当時、1日に約340人焼かれ

粉々に砕いた骨は

すぐ近くを流れる

ソウァ川に流して処分していたという…

 

 

これら一連の作業をやらされたのは

ゾンダーコマンドという

同じユダヤ人収容者から

選出された人々だったという。

 

 

 

興味のある人は

「サウルの息子」を観るといい。

救いはないが…