不正蓄財にメス、庶民は喝采

―インド高額紙幣、突如「無効」の力業

2016.11.23

文字通りの抜き打ちだった。インドのモディ政権は11月8日、突如として高額2紙幣の使用禁止を発表した。同国内流通する紙幣のうち、金額ベトスで9割弱に当たる200億枚を使えなくする措置で、国民生活は大混乱してい。好調な経済に急ブレーキがかかりかねないリスクを負い、あえて「廃貨」に踏み切ったモディ首相の狙いはどこにあるのか。
廃貨の対象となったのは五百ルピー(約800円)と千ルピーだ。モディ氏は8日夜にテレビで演説し「きょう深夜から2紙幣は使えなくなる」と宣言。その時点で猶予は4時間しかなかった。
富の偏在著しく 使用不可となった2紙幣は、身分証と共に銀行窓口に持ち込めば、百ルピー札や新紙幣である二千ルピー札に替えられる。店頭の混乱を避けるため、9日を銀行休業日としたうえで、各行は10日に営業を再開。全土の銀行前には今でも早朝6~7暗から長い行列ができる。長時間待った揚げ句に、銀行が準備した紙幣が底をつき、翌月に出直さざるを得ない人も多い。
混乱に怒り心頭かと甲いきや、庶民は意外と冷静だ。ニューデリーの銀行支店前で行列を作っていた人たちに片っ端から今回の廃貨措置の感想を尋ねると、3人に2人は「賛成」と答えた。
使用人に並ばせ、自身は植え込みの縁に座り順番を待つ陸軍将校(42)は「愚かな誤りだ」と批判したが、失業男性(29)は「手際は悪いが非常に良い決断」。運転手(52)も「不正資金を失い富裕層は貧困層と同じになる」と喝采する。
背景には
インド国内の富の偏在がある。成人人口の3%の富裕層が同国の家計資産の64%を握るとの分析もある富裕層が節税策に利用してきたのが現金による蓄財だ。
税当局に収入を捕捉されるのを嫌い、銀行預金より手元に現金を置くことを好むインド人は多い。
不正資金は国内総生産(GDP、2015年は約230兆円)の2割以上に上るとされる。
5%前後の高インフレが続く国で「タンス預金」は資産価値の目減りと裏腹だ。庶民はそれで苦しむが、富裕層は不正資金を巧みに運用し、むしろ膨らませる。
例えば不動産投資。インドは先進国ほど「地価」が明確でない。例えば実勢2億円の土地は、帳簿上の価格を1億円に設定して小切手などの.「表」の資金で決済し、残る簿外の1億円は「裏」の現金で支払う。地価上昇に伴い、転売時には表も裏も利ざやを得られる。
富裕層の間では8日夜、2紙幣が有効なうちに金や宝飾品を買い込む動きが相次いだ。政府の思惑通りに現金を銀行に持ち込めば、所得の源泉を聞かれ不正が露見する。ある衣料品販売業者は不正蓄財した現金を従業員に配って個人口座に預金させ、交換した紙幣を数カ月後に会社に返すよう指示した。

モディ政権の狙いは、地下資金の捕捉率を高めて、中長期の税収増加につなげることだ。ただし廃貨という劇薬は副作用も強い。現金決済が中心の小売業者らは売り上げを失い、消費関連株は下落している。短期的には「今後1年間の成長率を0・7~1%下押しする」(英大手金融HSBC)。景気減速だけでは潔い。手元紙幣が使えないためタクシーを呼べず病人が死亡したといった「事件」も報じられ、野党は撤回を声高に叫ぶ。
露骨な選挙対策
日印原子力協定の調印という大きな外交成果を上げて訪日から帰国したモディ首相は、翌13日の南部ゴアでの窟説で「私は焼き殺されても(廃貨を)やめない」 「腐敗撲滅の計画はまだ他にもある」と強調。涙混じりの声で「私と共に50日間耐えてほしい」と国民に理解を求めた。
視線の先には今後の地方選がある。首相率いる与党・インド人民党は国会下院では多数派だが、地方議会とその勢力図を反映する上院では分が悪い。来年は首相の出身地の西部グジャラート州や人口が最大の北部ウックルプラデシュ州で州議会選があり、その先には19年の総選挙が控える。富裕層を狙い撃つ廃貨は「低所得者の支持を得る狙い」(政治アナリスト)との分析も聞かれる。
のるかそるかの廃貨策は、造幣局のインク不足から、交換用の紙幣の供給が滞り気味だ。約束した50日間で富裕層の不正蓄財をあぶり出し、事態を沈静化できなければ、庶民の支持も急速に冷めかねない。5年の任期のちょうど折り返し点に差し掛かったモアイ首相は、年7%を超す足元の高い経済成長を揺るがしかねない賭けに出た。(ニューデリー=黒沼勇史)

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<約束した50日間で富裕層の不正蓄財をあぶり出し、事態を沈静化できなければ、庶民の支持も急速に冷めかねない>と言うけれど、モディ首相の意図は国民には浸透しているように思える。

確かに庶民は銀行やATMに列を作っている。インドで見ている限り、彼らは冷静だ。そして確かに小銭がないので、小売業の店は苦労をしている。

私が訪ねたセラクイのチベット人学校、TCVのIndustrial Tranining Instituteの校長は生まれて半年ほどの赤ちゃんがいるのだが、仕事の関係で銀行に換金にいけないのでミルクを買うお金がないとか、学校自体がお金が足らなくなってしまうなど、大きなトラブルに見舞われている。だから病院の話も作り話ではないだろう。100ルピーがあればいいけど、500と1000ルピーが使えないのは大ごとなのだ。

だが、インドから新500ルピーの写真がfacebookに投稿された。

おそらく、要領は悪いけれど、混乱を乗り越えると思う。今回の目的を大衆は理解しているのと、彼らは大変だけど、金持ちたちと比べたら、大きな損はしないからだ。

それに、インドのことだから「らしく」乗り越えて行くと私は見ている。

 

それよりも、世界が「格差」問題を、本当に捉えて問題にし始めたことだろう。

中国の「腐敗問題」は宮廷闘争であることはわかっていても、庶民はそれを支持していたからすすめられている。だが習一族には及ばない。

EUの規制や移民問題への対応は、域内での格差問題のあらわれだと言える。アメリカのトランプの悪戦も「格差への戦い」を大衆に訴えるものだったと言える。それはある意味ポピュリズムの危うさをもつものではあるけれど、不可避の過大なのだ。中国・アメリカ・インド、格差の激しさでは世界の3傑ともいえるだろう。

アメリカと中国のやり方をとやかくはいえないけれれど、インドの突然の要領の悪いやり方で、この問題に、インド流で取り組んだモディ首相を支持して、インド国民の努力を見守りたい。