と初めて言われてしまった。
これは、病院のベッドから、僕が家から物を運んで戻り
兄嫁が付添っていた状況でのことでであった。
もう一度、食事と家の片付けに戻り、椅子などを運んで来たとき、
甥が付添っていた。その時も又、誰だったけといい、兄の名前を挙げる。

今日も検査が1時間近くされて、連れられて戻ってくると、非常に怒っている。
鼻から酸素吸入の管を外そうとし、点滴の管も外そうとする。
点滴は何度もやっていたので、理解してもよさそうだが
何度説明して分からない。
その興奮がずっと続いていて、年齢は何度尋ねても44歳に固定。
88歳と教える驚くだけで、すぐ後に、尋ねても44歳に戻る。
並や状況があるにせよ、ボケのレベルが最高値にあったと言ってよい。

どうして病院に来ているか、今朝も昨朝も苦しんだことを全く覚えていないので
理解できないのである。夜になると躁になっている。
(冗談を本人は言ってるつもりになってるので、それと分かるのである)
兎に角、鼻の管が気になって外そうとする。
本人が苦しくないなら外していいと思うが、医師が拒んだ。
周囲は木にしてつけさせようとするが、聞く耳を持たない。
甥に管を外せと迫るので、困ってしまっている。
皆、何と言っていいか分からず、僕が言ってることを繰り返すだけだ。
僕が黙ると、「外してていいのか?」と尋ねるが、できないことはできない。
苦しくなれば、必要なことは自然に学習するだろう。
苦しくなるという経験が記憶に定着していないのである。

勝手に管を外そうとするので、”拘束”のサインをしている。
外すと「アンタの婆さんのように縛られるんだよ」と脅しても
母の母親がここに入院していて看病してたことも、よく覚えていない。
確か、この病院で祖母に「アンタ誰?」と言われた。
今から30年前は痴呆症に”拘束”が当たり前だった。
これに行き過ぎが生じるということで、拘束は原則禁止になっている。