『日本人はおめでたいくらいにバカだ』_ある韓国人留学生のコメント。

その理由は?
…その韓国人留学生は、知り合いであるその日本人留学生と『竹島問題について議論したかった』のだが、その日本人留学生答えて曰く、

『竹島って何?』…

…私はこの『日本人はおめでたいくらいにバカだ』とコメントした韓国人留学生に同意する。

その日本人留学生 → アメリカまでいって恥をさらすんじゃない!

と東京で怒ってみても始まらない。
『第二次世界大戦で日本がどこと戦ったか知らない大学生の多さ』はまさに亡国の兆しだ。

『第二次世界大戦?戦争なんか知ったら平和教育にならない』から、そんな知識覚えてもムダ…

→バカをいってはいけない。
歴史は何故起こりどう終わったかの繰り返しだ。
戦争は殴り合いと和解の繰り返しだ。
誰が殴り合いを始めて、誰が、ごめんなさいしたか、それを学ぶのが歴史だ。
虐待サバイバー(自分)の生き抜いてきた荒涼たる環境には、学んだ事を活かす喜びがまるで無かった。
自覚的に知識情報を調べて実践する個人の姿勢の確立こそ、虐待サバイバー救済支援の核とすべきだ。
当然、歴史もその良き素材である。
誰が何をして、どうなったか、今の自分が虐待親の増悪に縛られず、愛される家庭のあり方を考えて、人に語れるようになるには、一見関係ないように見えるが、人の生き様の記録、という意味で、歴史から学べる教訓こそ貴重だ。
そして、歴史は面白い、という評価こそ必要。
歴史が他国への増悪を教える手段に成り下がっている国もあったりするが、済んだことは蒸し返さない、とお互いの立場を尊重する姿勢さえ確立出来れば、竹島無知もいい糧だろう。


竹島無知留学生にささげるレポート

・李承晩ラインには第一、第二の二つあった事(資料有り)
・第二李承晩ライン確定と、日本外務省の事なかれ主義によって竹島問題が生成された。
・第一李承晩ラインを言い出した韓国のあまりにもの上から目線(九州全土韓国領)に、アメリカかがブチ切れて、もしかしたら韓国は占領下の日本に逆侵攻するのでは?と警戒態勢をとったやさきに朝鮮戦争が勃発したこと。
・朝鮮戦争戦争下では、敗走する韓国軍にテコ入れして、国連軍優位に導いたのが朝鮮半島に残留していた旧日本軍(資料あり)
・あわや朝鮮半島から脱出か、という状況まで追い詰められた韓国は、下関に亡命政府樹立を考えていた。
・現在の韓国は『朝鮮戦争_北朝鮮と韓国による共産圏側と資本主義側の代理戦争』ではなく『韓国戦争_大日本帝国からの独立戦争』というファンタジーを教えている。


何故こんなに無知が幅を効かすのか。
暗記中心主義で、独創的な考え方を鍛えない受験勉強の毒は今更いうまでもないが、毒は毒なりに使い方はある。問題なのは『勉強する目的意識』だ。
受験の事しか考えない勉強姿勢の何が毒か、って『大学へ行くためだけの勉強だから、大学にいったら遊ぶ事しか考えなくなる』という欠陥が、根本的にセットになっている事である。
そしてこれを無自覚に煽るやつがいる。
小学生の勉強姿勢は、日常行動の確立と接近しているから勉強について、『人生とは何か』というテーマに難しく考える必要はあまり無い。
好奇心と『勉強姿勢』の確立がなされれば、まぁよい事である。
しかし中学高校と成長するにしたがって『人生いかに生きるべきか』という問いと勉強は、次第に切っても切れなくなる。

『人生とは?』は社会に出た時に、困らないようにするための当たり前のイメージトレーニングでしかない。

『人生とは?』は生きるための必須哲学である。
哲学の基本は難しいものではない。それは生きるために工夫する知恵の継続だ。
争いをさけ、関係者多数の幸福を実現する手立てを考える工夫である。

知恵は知識の積み重ねを磨くことによって有効に機能する。
受験勉強をして大学に行こう、と考えるようになったら、『自分は社会にでたらどうしようか?』と、併せて考えるようにしなければならない。
教師がそう指導するべきなのだ。
この指導によって、生徒は自分の人生において学んだ事を継続的に生かしていける姿勢を、生涯身につける事が出来るかどうかの分かれ目を迎える。

これは譲れない。

しかし、この指導を積極的に放棄する連中がいる。
有名進学塾(予備校)の教師達だ。
『東進ハイスクール』のTVCMは有名だが、あれで生徒に檄をとばしている連中の中に『大学にいってから遊べ』と言ってる奴は絶対にいる。
この一言で、子供の勉強は、大学に受かった時点において台無しになる。
大学で4年間も遊んだら絶対にバカになる。
おまけに4年間も無自覚に遊んだ大学生のプライドはとことん腐る。
かくして日本の大学は『使えねぇ奴』の大量生産工場になってしまう。
『竹島って何?』とシラフで言ったところで、目指した大学に受かればよいし、
受かりさえすれば『竹島が何だか知らな』くても、親も教師も誰も叱らない。
ここに、『志望校に合格させてやる』という売り文句で、日本国民としての自覚を浸食させる亡国の連鎖ができあがっているとみるべきだ。

『大学にいってから遊べ』と無自覚に宣っている国賊は、教育が一生涯の宝として機能出させる重要な指導が出来ない。
その無自覚さ加減と、国を支える基盤が教育である、という観点からみても、まさに国を損なう行為と呼ぶにふさわしい。

無知がいけないのではない。
無知を自覚したら、あえて自ら学ぼうとする姿勢を形成できるかどうかである。
人生は長い。
大学を出てから生きる時間は仮に大学で4年間遊んでしまったとしても、
人生100年として70年以上はある。
4年間遊び惚けた代償をこの70有余年で払わされるのが人生の真理である。
大学を出てからの学びこそ真価を発揮する。

4年間確かな目的意識をもって学べば、ピンチをチャンスに転換出来る。
4年遊び惚けて腐ったプライドはその前向きな姿勢を真っ向から阻害する。
この事ははっきりさせておく。

人生やり直しはいくらでも効く。
その融通さの効き加減は、
むしろ大学で4年間じっくり学んだ体験があればあるほど有効だろう。
柔軟でとらわれない視点といざとなれば瞬時に腹を決める覚悟、そして妥協を許さない向上心が不可欠である事は言うまでもないが、慎み深さ、他者への寛容性、伝統的文化的風土を楽しみ継承しようとする心が、本当の日本人らしさを作り上げる。基本中の基本である。

20210613
20190715
'14.12/18
'14.10/14

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