みつばーぜり【三つ葉芹】英蓉葉→野蜀葉→三葉芹→三葉                                                      萩原義雄識

        はじめに
  水菜「せり【芹】」は能くしられていて、清らな水が流れる川の水辺に生えていて、春になると、芹を摘みに出かけた記憶をお持ちの方は多いと思う。吾人も小学生の時に郷里の近くの川にバケツを片手に芹摘みに出かけたことを思い出す。同じように「せり」の名を持つ「みつばーせり」は、略して「みつば」と呼称され、いま「三葉」と漢字表記してスーパーなどで売られる馴染みのある野菜となっている。
  では、この「みつばぜり」だが、日本でいつ頃から食用菜となったかだが、どうも遡って見ていくと室町時代の末ころからのようだ。その漢字表記も「英蓉葉」とする。此れが江戸時代になると別漢字表記「野蜀葵」となる。そして、「三葉芹」と辿ったことが見えてくる。そのことを多くは語らずにきたが、貝原益軒撰『大和本草』のなかで、「
國の俗、昔ハコレヲ食スル㕝ヲ不知。近年食ス」と記し、近代の食菜として知られることが述べられている。そのことばと漢字表記のあゆみを茲に紹介しておくことにした。

    
室町時代の古辞書に見える「みつばぜり」
  饅頭屋本『節用集』に、
    英蓉葉(ミツバゼリ)。〔初版本・美部・草木門72ウ⑤〕
    英蓉葉(ミツバゼリ)。〔増刋本・美部・草木門72ウ⑤〕
とあって、標記語「英蓉葉」で「みつばぜり」の語を収載する。
  刷本系の易林本『節用集』に、
    英蓉葉(ミツバゼリ)。〔美部・草木門199④〕
とあって、標記語「英蓉葉」で「みつばぜり」の語を収載する。饅頭屋本『節用集』と易林本『節用集』とが共通する新語語彙ということになる。
  饅頭屋本『節用集』二種に最も近い印度本系の弘治二年本・永禄二年本・堯空本・経亮本・黒本本『節用集』には、
    ×。〔黒本本・美部草木門〕
    ×。〔弘治二年本・美部草木門〕
    ×。〔永禄二年本・美部草木門〕
    ×。〔堯空本・美部草木門〕
    英蓉葉(ミツバセリ)。〔経亮本・美部草木門 ウ⑥〕
とあって、唯一経亮本『節用集』に標記語「英蓉葉」で、訓みを「みつばせり」とし、語註記は未記載にする。さらに、『運歩色葉集』には、「みつばぜり」の語は未収載とする。

    江戸時代の『書言字考節用集』〔架蔵本〕に見える「みつばぜり」  
    野蜀葵(ミツバゼリ)。〔美部・生殖門六・四九三頁7〕
とあって、標記語を「野蜀葵」で「みつばぜり」の語を収載する。古辞書類では、いずれも語注記を未収載にする語である。元禄十年(一六九七)成立の宮崎安貞著『農業全書』卷之五・山野菜之類「野蜀葵(みつばぜり)」第二に、 
    三葉芹うへ樣芹に同じ。水湿の邊り、樹下、かきのもと、其外陰濕の肥へたる所に畦作りしてうへたるは猶よし。草かじめ、手入を加ふれば一入さかへ、料理に用ひやはらかにして風味ある物也。膾、ひたし物、魚鳥の汁煮物などに加へてことに能きものなり。子よくなりて生へやすく、程なく多くなる物なり。〔岩波文庫182頁〕
とその内容を記載する。
  また、畔田翠山撰『古名録』卷第廿二に、
    みつはせり 大草家料理書  漢名未詳
    集注 大草家料理書曰、肥生鳥の事、作候薄酒を懸て、ふくさみそをこくして、かへらかして入候也。但みつばぜりを湯にをしても吉  形状○大和本草曰、ミツバゼリ、春宿根ヨリ生ズ、莖ハ芹ノ如クニ兎大ナリ、香味モ亦似リ、ミツバゼリハ濕地ニ生ズ、葉三枚、一葉フナス、夏莖出一尺許、細白花穗ヲナシ開、芹花ノ傘ヲナスニ異り〔日本古典全集六冊七七二頁〕
といった記載が見えている。茲に伴存翁が引用する書物としては、『大草家料理書』と貝原益軒編『大和本草』が挙がっている。益軒の『大和本草』が如何様な内容かも確かめておくと、
    『大和本草』卷第五〔架蔵本三三オ2〕

  野蜀葵(ミツハセリ)
      和名ミツハセリ救荒本草ニノセタリ稲若水以
      為二三葉芹ト一春宿根ヨリ生ス莖ハ芹ノ如ニ兎大ナリ香
      味モ亦似タリ春月莖ヲトリ葉ヲ厺煮テ豆油ニ和
      兎食フ香味美シ又生ニテ生魚ノ膾ニ加フ無レ毒脾
      胃ニ無レ害益アリ二於人一佳蔬トス又ツケモノトス夏月䑓モ
      葉モ食フヘシ嫰葉ハ飯ニ加ヘ食ス秋草早ク子(ミ)ノル子(ミ)ヲト
      リテ早クマクヘシ早ク生ス又自(ヲ )生ス陰濕ノ地又水
      邊ニ宜シ國俗昔ハコレヲ食スル㕝ヲ不知近年食ス
      市ニモウル或コレヲ石龍苪ナリト云説アリ非ナリ
      葉ハ少相似タリ
としていて、『救荒本草』と稲生(いのう)若水(じやくすい)の説を引き、現代の標記字と同じ「三葉芹」を以て書く。ただ、益軒が云う「國俗昔ハコレヲ食スル㕝ヲ不知、近年食ス」の一言が意味する指摘は大きい。そのうえで、稲生若水『庶物類纂』〔内閣文庫蔵〕草属卷六十一に「石龍苪」の項目を見る。
          一ー枝三ー葉葉青シテ而光ー滑有二三尖一多シ二細缼一
という降りの文言へと辿り着くことになる。

    
まとめ
  ここで、『下學集』、伊勢本系『節用集』、『伊京集』天正十八年本『節用集』はもとより、語の増刊編纂がなされた増刊『下學集』、広本『節用集』さらには、印度本系節用集類には全て未収載の語であり、そうしたなかにあって、経亮本『節用集』とこの饅頭屋本二種と易林本『節用集』の簡易式流布本系の版本類に集中している語となっていることに氣づかされる。意義分類は、草木門に所載しているのだが、山野草で野山での若菜摘みである山菜採りにして得られた食菜となっている。小学館『日本国語大辞典』第二版はじめ三省堂『時代別国語大辞典』室町時代篇5の用例として、『料理物語』や『大草家料理書』に登場していることから、食菜関連の資料も見ておく必要を感じている。そして、この和語「みつばぜり」に漢字標記語として、当時「英蓉葉」の表記文字が宛てられていることをこの後見ておきたいところなのだが、時のある時を待たれたい。同じく、室町時代の古辞書『温故知新書』には、別標記語「前胡(ミツハセリ)センコ」の語例も見えている。
 江戸時代には別字「野蜀葵」そして現代の国語辞書には「三葉芹」の表記を以て見出し語の漢字標記語としている経緯を知るところになる。また、国語辞書には未記載のことがらとしては、「生薬名を鴨児芹(かもこぜり)という」点を今後補塡しておくことになろう。

《補助資料》
小学館『日本国語大辞典』第二版に、
みつーば【三葉】〔名〕(1)葉が三枚あること。また、そのもの。*日葡辞書〔一六〇三(慶長八)~〇四〕「Mitçuba(ミツバ)〈訳〉ある種の草が出す三枚葉」(2)セリ科の多年草。各地の山野に生え、また、野菜として畑で栽培され、葉・新苗を食用にする。高さ三〇~六〇センチメートル。強い芳香を放つ。葉柄の基部は鞘状。葉は三個の小葉からなり、各小葉は卵状菱形で縁に鋸歯がある。夏、葉腋から花茎をのばし、白くてごく小さな五弁花をまばらにつける。果実は線状長楕円形で長さ約五ミリメートル。漢名、鴨児芹(おうじきん)。みつばぜり。学名はCryptotaenia japonica《季・春》*古今料理集〔一六七〇(寛文一〇)~七四頃〕一「十二月より出る分〈略〉みつは 四月をかぎるべきか 有次第賞くゎんたるべし」*俳諧・続猿蓑〔一六九八(元禄一一)〕上「みそ部屋の匂ひに肥る三葉哉〈夕可〉」*物品識名〔一八〇九(文化六)〕「ミツバ 早芹(はたけせり)の類」*日本植物名彙〔一八八四(明治一七)〕〈松村任三〉「ミツバ ミツバゼリ」*田舎教師〔一九〇九(明治四二)〕〈田山花袋〉「菜は独活にみつばにくわゐ、漬物は京菜の新漬」【方言】植物。(1)「しろつめくさ(白詰草)」。《みつば》京都†017青森県一部030岩手県一部030九戸郡088秋田県一部030山形県一部030福島県一部030群馬県利根郡215新潟県037352384富山県一部030東礪波郡398石川県一部030長野県一部030佐久493岐阜県一部030郡上郡504静岡県富士郡523島根県一部030岡山市744香川県829長崎県一部030熊本県一部030鹿児島県一部030《みつぱ》秋田県北秋田郡131山形県西置賜郡139《みっぱ》山形県139《みっちくさ〔三草〕》岩手県九戸郡088(2)「かたばみ(酢漿草)」。《みつば》岩手県和賀郡095島根県鹿足郡739香川県瀬戸内海島嶼部037大分県大分郡941《みつっぱ》静岡県524《みっぱ》山形県庄内139(3)「めぐすりのき(目薬木)」。《みつば》栃木県036埼玉県036秩父郡251神奈川県036(4)「かくれみの(隠蓑)」。《みつば》和歌山県有田郡036(5)「えんれいそう(延齢草)」。《みつば》長野県木曾005《みつぱ》山形県西置賜郡139(6)「みつでうらぼし(三手裏星)」。《みつば》長崎県南高来郡964【発音】〈なまり〉ミッチパ〔仙台音韻〕〈標ア〉[0]〈京ア〉(0)【辞書】日葡・言海【表記】【三葉】言海【図版】三葉(2)

みつばーぜり【三葉芹】〔名〕植物「みつば(三葉)」の異名。《季・春》*饅頭屋本節用集〔室町末〕「英蓉葉 ミツバゼリ」*料理物語〔一六四三〕七「芹 汁、あへもの、せりやき、なます、いり鳥に入。みつばせりも同じ」*俳諧・玉海集〔一六五六〕一・春「敷津高津難波てつむやみつは芹〈之次〉」*博物図教授法〔一八七六~七七〕〈安倍為任〉一「ミツバセリは葉茎類の野生宿根草にして二月頃新芽を食する。香味共に美なり」*日本植物名彙〔一八八四〕〈松村任三〉「ミツバ ミツバゼリ」【方言】植物。①みつば(三葉)。《みつばぜり》群馬県佐波郡242新潟県一部030福井県今立郡964山梨県一部030長野県一部030和歌山県北部964鳥取県一部030島根県一部030美濃郡964岡山県一部030山口県防府市964高知県一部030長崎県東彼杵郡・五島964熊本県030964大分県一部030宮崎県一部030《みつぱぜり》秋田県一部030《みつぱせり》静岡県富士郡523《みつばぜい》鹿児島県肝属郡970《みつばせい》鹿児島県一部030出水郡964《みつばせっ》長崎県一部030《みつばぜ》鹿児島県薩摩964《みつはせ》鹿児島県一部030②みつがしわ(三柏)。《みつばぜり》越前†039③かなむぐら(金葎)。《みつばせ》鹿児島県鹿屋市965【発音】〈なまり〉ミッバゼイ〔鹿児島方言〕〈標ア〉[バ]【辞書】饅頭・易林・日葡・書言・ヘボン・言海【表記】【英蓉葉】饅頭・易林【三葉芹】ヘボン・言海【野蜀葵】書言

角川『古語大辞典』に、
みつばぜり【三葉芹】〔名〕植物名。せり科の多年草。山野に自生し、また栽培もされる。高さ五〇センチメートル前後で、強い芳香を持ち、葉や茎を食用とする。三葉(みつば)とも。季語、春。「笹垣に春の匂ひや三つ葉芹」〔雪の白河・上〕

三省堂『時代別国語大辞典』室町編5〔260頁〕
みつばぜり【三葉芹】食用とするセリ科の多年草。芳香があり美味。「英蓉葉(ミツバゼリ)」(饅頭屋・易林)「前胡(ミツハセリ)センコ」(温故知新書)「Mitcubajeri.(ミツバゼリ)。このように呼ばれる草」(『日葡辞書』邦訳411l)「肥生鳥の事。…ふくさみそをこして、かへらかして入候也。但みつばぜりを湯にをしても吉」(大草料理書)「芹 汁。あへもの。せりやき。なます。いり鳥に入。みつばぜりも同じ」(料理物語)

 

百科事典記載内容

「ミツバ」は、日本、中国、朝鮮半島など広く分布した、比較的日陰の湿地に自生する多年草草本(そうほん)です。
 全体は、無毛で平滑で、茎は直立して高さが三〇~五〇センチくらいになります。
根から出る根生葉(こんせいよう)の葉柄(ようへい)は、長く基は茎を抱いています。
葉は、互生(ごせい)して、三全裂して羽片は菱形で、欠刻(けつこく)状の鋸歯(きよし)があります。
花は、初夏に枝先から出て、約二ミリの小さな白花を散形花序(さんけいかじよ)をつけます。
花後、小さな円柱形の種子が二個入った白い果実をつけます。 
鴨児芹(かもこぜり)は、消炎解毒、血行促進に、一日量一〇~一五グラム、水〇.四リットルで、約三分の一量まで煎じて、食間に三回に分けて服用します。
生の葉は、はれものなどに、塩を少し加えて、良く揉んで、患部に塗布します。
野生の「ミツバ」は、質が硬く味が濃い、テンプラやフライにして食べる
古くは野生の「ミツバ」を採取して、山菜として食用にしていましたが、元禄十年の『農業全書』で、「ミツバ」の栽培を奨励しました。それには「うえたもののほうがさらによし」という記述があります。
 その後、江戸・葛飾でも「ミツバ」の栽培がされて、軟化栽培に発展してきました。
江戸時代には、ミツバを塩漬けにして食べていたという記録があり、ひたし物、なます、魚物の汁、煮物に加えていました。
また、「大和本草(やまとほんぞう)(一七〇八)」には、ミツバを食用にはした記録がありません。
このことから、ミツバを食用にした歴史は、比較的新しいことのようです。
 『料理物語』〔大東急記念文庫善本叢刊・近世篇10『飲饌書集』(影印、汲古書院一九七七(昭和五二)年刊)〕参照。