こんにちは。
萩・長門webのナガオヨウコです。
長州萩藩・毛利輝元のおはなし。
毛利輝元(もうり・てるもと)は、安芸(広島)生まれ。
輝元は中国地方8か国112万石を領有する大大名でした。
関ヶ原の戦いで西軍の総大将に就きましたが
西軍が敗れたため
周防・長門2か国、36万9000石に減封されます。
広島城に代わる居城として、輝元は
慶長9年(1604年)、長州・萩の指月山に
萩城を築きます。
当時、輝元は
幼少の嫡男・秀就に家督を譲っていましたが
秀就は幼少であるうえ、江戸の藩邸に滞在していたため
輝元が萩の藩政をとりおこなっていました。
毛利輝元は
萩藩の基礎を固め
萩藩の繁栄に尽力したお殿さまなのですよ。
毛利輝元公の像は
山口県萩市、
萩城跡公園に向かう入り口の左側。
南門跡の隣にあります。
●毛利輝元公銅像
山口県萩市堀内83
【毛利輝元公 没後400年イベント】
2025年4月27日(日)、
山口県萩市・指月公園をメイン会場に
城下町周辺でイベントがおこなわれます!
詳しくは萩観光協会のサイトをご覧ください→☆
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