「あの、あの後どうなったんですか?」

最後の自分の記憶の続き、つまり女の匂いをかいだ後のことを042に尋ねる

「どうって、、あの後私も記憶がないのよね…薬を打たれてしまったみたいで、ほら、今も首から下は動かないの、時期に治るけどね」

上半身を起こそうともしない彼女の姿に納得した。

「多分、あの後ルグドさん達がボクたちを探しに来て、そのついでに062も、あのアラクネも倒されたんじゃないかな…」

何とも楽観的な考えではあるが、それが真実なのだろうと思えてしまう
それは、広場にいたアラクネに一撃を入れた瞬間にその力の差を理解させられたからだ
遠目から見ていても身震いするほどに美しい斬撃だった

「僕たちこれからどうなるんですかね、」

恐ろしく不安そうな声だった
スグル自身、自分からこんな声が出るとは思っていなかった

「062が捕まったなら問題無いとおもうよ」

隣の檻から042がニコリと微笑む
身動きのできないこんな状況じゃなかったなら
きっと彼女に抱きついて泣いてしまうところだろう

会話が途切れた直後だった
階段の上から誰かが降りてくる足音が聞こえてきた
カツンカツンと高い靴音は独特な落ち着いたリズムで近づいてくる
スグルはその足音に覚えがあった

「…」

「起きたか新兵、そして、042」

ベッドの上に座るスグルと寝たきりの042の2人を上から眺めるように見渡すと以前アランが座っていた椅子に腰掛けた

「貴様らを議会にかける」

一言、ただ議会にかける、という一言に042は表情を歪め、驚きの表情に変わる

「あの、ルグドさん。何かの間違えですか?犯人は062です!ボクたちは、彼を止めようとして…」

「証拠は?貴様らが見つかった時、そこにあったのは既に薬で倒れた貴様とその隣で寝ていた新兵の貴様だけだ」

ルグドは冷たく、感情の読めない目でそう言った
そして、口にされたその状況は最悪を語っていた

「え、、そんな、それじゃあまるで…」

042が目を見開いたまま絶望する
そして目の前の帽子の男にか細い声で確認を問いかける

「それじゃあまるで、は、、犯人がスグル君みたいじゃないですか…」

042が放った言葉が地下の牢屋中に響いた
取り乱す寸前の彼女をルグドは表情1つ変えずに見つめた

「貴様に薬を打つことのできる者はあの状況では新兵しかいない。コレは誰が見ても同じことをゆうだろうな、致し方ないことだ、魔族嫌いの議会も同じ答えを望んでいる。」

「そんなの、、そんなのあんまりですよ!確かにあの場所には062がいて、その隣にアラクネの王族種と見られるドレスの女も1人いたんです!
ボクは糸で縛られた後、062に薬を!…」

「それを、誰が信じると?」

「062、062に吐かせたら!」

「062はどこにもいなかった、俺が始末した王族種に溶かされた可能性が高い、ドレスの女など、貴様の戯言に過ぎん」

坦々と返されたその応えに返す言葉が見つからなくなる

「あ…く…でも…」

何かをひねり出そうとするが、少女は瞳に涙を浮かべるだけだった。

「042さん…僕は大丈夫ですよ、、」

慰めようとした一言だった。
その一言を聞いた瞬間、042はスグルの方を見て、次の瞬間には鉄格子越しに胸ぐらに掴みかかってきた

「スグル君!何が大丈夫なの!?それが何を意味しているか分からないの!?一体どんな刑を執行されるか分からないの!?」

涙を浮かべ、目の周りと鼻、そして頬を赤く染めながら白い少女はスグルに怒鳴った

見たことのない042の表情に理解が追いつかずにボーっとしてしまう

「…刑って、まぁ、無期懲役とか?ですかね…へへ」

少しヘラヘラと笑ってみせるが、この状況においてそれは逆効果でしかなかった
眉間に皺をさらに寄せて042は言った

「そんな甘いものではないよ…ボクたち魔族が、どれだけ嫌われているか、君ももうしってるでしょ?」

うんと、首を縦にふる

「普通の人なら今回の刑は痛めつけられて処刑、けどね、人間より死ににくいボクたち魔族は死ぬまでずっと痛めつけられるんだよ?」

処刑、つまり死だ、痛めつけられて死ぬ、その事実を耳にした途端にスグルの身体に恐怖が這い上がってきた

「その通りだ、後日、追って貴様らに連絡してやる。今日は人手がなかったが、その時は俺の秘書がここに来るだろう」

そう言うとルグドは椅子から腰を上げて元の道を戻って階段に足をかけようとした
その時

「ボクが…」

後ろから聞こえた声に反応して止まる

スグルの胸ぐらを握っていた白く綺麗な両手から力が抜けていくのが分かった
完全に手を離し、彼女は背中を向ける男に言い直した

「ボクがやった、全部…ボク1人で…」

胸に手を当てて進言した
覚悟のこもった声だった
涙でくしゃくしゃになった顔のまま、覚悟を言葉にしたのだった

「…そうか…」

振り返ることもせず、一言返すとルグドはそのまま階段を上っていってしまった


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しばらく静かになった部屋の中で2人は下を向いたままピクリとも動かなかった

「ねぇ…さっきはごめんね…」

静寂に最初に投じられたのは042の一言だった

「…」

「特攻隊ってさ、やっぱり仲間が1番よく消えていっちゃうんだよね…完全に不死身なの、ボクだけだからさ…」

「何で、あんな嘘ついたんですか…」

042の話を遮りながら疑問を投げかけた
もうおおよその理由はわかっているはずなのに…

「君はヘッポコだからね!ボクは上司だから、守って上げないといけないから」

明るく振舞っている声だ、誰にでもすぐにわかってしまうような、下手くそな明るさだった
きっと今この瞬間、彼女はこっちを見て微笑んでいるのだろうが、それを見ることは今のスグルにはできなかった
きっと目や鼻、頬を赤くしながらも、強く微笑む彼女の顔を見ると、自分がさらに惨めに思えて来るからだ。

「スグル君、ボクは大丈夫だよ!」

「大丈夫じゃないですよ…042…」

どうすることもできなかった自分歯ぎしりしながら
スグルは必死に涙をこらえた

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ドアの開く音がして中にいた男がこちらに駆け寄って来る

「どーだったん?ちゃんとできたかえ?」

嬉しそうにヴォルフはルグドに話しかけてきた
それを片手で抑えながらもう1人の、椅子に座って本を読んでいる男に向かって言った

「計画通りだ、042の言質も取れそうだ、議会には適当に事の顛末を報告すれば万事解決するだろう」

「そうか…」

「ルグドさんってやっぱり悪い人やねぇ」

「全て、人類の為だ」