断面は鮮やかだった
いく場を失った血液が管から規則正しいリズムを刻みながらドクドクと流れているのが分かる
だが、その流れも目で見て分かる速度で収まっていきほんの数秒で止まってしまった

「042、俺の手を返してくれないかい?君と違って生成できないんだ。」

「君は…今自分がやっている事が分かっているの!?」

「あぁ、分かっているとも、君はいつまでそこにいるつもりだい?042、君となら革命を起こせると俺は確信している」

「ダメだよ!ボクは君には着いていけない、」

「それでいいのか?もう一度だけ聞くよ、042、俺と…」

「何度も言わせないで!ボクは、人と共に生きるって決めたんだ!」

これまで、多少の変化はあっても微笑みを崩さず、対話の態度をとっていた062の表情が変わった
そこに表情は無かった、だがその男から漂うものは顔や声よりも明確にそれを2人に伝えた
'狂気'

「逃げて…スグル君」

ボソリと042が背後のスグルに向けて呟く
それに応じて半歩後ずさりする
その刹那少年の耳を何かが貫いた
音は無かったが、ソレは確実にスグルの耳を溶かしていた。
「んぁ!!いっっっ!!」

あまりの痛みに声が漏れる

「兵隊が相手だというからワタクシが出て来てきてやったとゆうのに、今の反応からして大した事なさそうねぇ」

その声は部屋の奥の闇から聞こえて来た
どこと無く気品のあるその声はこんな場面でなければ、さぞ人の心をざわつかせたであろう美声の類である
だが今この場においてソレは恐怖を助長させるものでしかなかった

「マダム・エリス急いてはなりませんよ、不死退治はここからが本番ですらかね」

「そうねぇ、けどあんまりワタクシを退屈にさせるのなら、貴方から晩御飯になっていただきますからねぇ」

マダム・エリスという名前らしいその声の主がコツンコツンと高い音を立てながら薄っすらと明かりのあるところまで出て来た
その姿は紫のバロック風のドレスを身につけた貴婦人そのものだった
高く巻かれた髪の毛は薄明かりに妖艶に輝く金色で、その瞳は蒼く輝いていた

「あら、近くで見るととっても美味しそうな子じゃない、耳、痛かった?ごめんなさいねぇ」

刹那だった、目で追えないどころか、見ることすらできなかったと言っても差し支えないだろう、
腰の辺りからゴワゴワとしていてとてもではないが動きやすいとは言えないそのドレス姿でその女は瞬時にしてスグルの鼻先をペロリと舐めたのだ

「あ、、ぅあ、、」

声が出ないとはまさにこのことだろう、目の前に迫る死に抗うことのできない感覚である、
以前も経験した事があるような…
そんな曖昧な記憶を探るが何も出てこない
そしてその時スグルは不覚にも目の前の女から漂う匂いに気を取られていた

”いい匂い”

その直後、スグルはパタリと倒れて動かなくなってしまった、否、眠りについたというべきだろう

「そぉねぇ、この髪の毛邪魔ねぇ、ちゃーんと清潔に切りそろえてから食べてあげるわぁ」

そう言うと満足気に微笑みながらスグルの頭を優しく撫でた

「貴女…いったいスグル君に何を…」

042は動ごけなかった
全身を強靭な糸で拘束されていたからだ
スグルの目の前に移動すると同時に糸を巻きつけられたのだろうが、速すぎる

”王族種にしても速すぎる、いったいこの女…”

「あら、そっちの貴女も随分と可愛らしいじゃない、お人形さんみたいねぇ、白髪に白い肌、そこに綺麗な翠色の瞳がとても良くあっているわぁ」

マダム・エリスは042の質問を無視してまるで店に展示してある高級な人形を眺める少女のようにジロジロとそのあらだを観姦した

「マダム・エリス、そいつらはコレクションに加えたりせずに消してしまうんですよ?これから我々の事を詳しく知る奴がいたら面倒ですからね」

「分かってるわぁ、今日は食事に来ただけだもの、それにしても…どうにもワタクシにはこっちの男の子が魔族の様には思えないのだけれども…」

どこか腑に落ちないという表情でマダム・エリスは062に話しかけた

「そんなはずはありませんよマダム、特攻部隊には魔族しかなれないはずですからね、その女、042に至っては人工的に造られたゴーレムです、それ故に人間に逆らえない、元々寝返ってくれるとは微塵も期待してませんでしたよ。」

そう言うと062は懐から注射器を取り出し、トントンと人差し指で刺激を与えて空気を抜いた
そのまま動けなくなった042の目の前まで行くと

「これはね、身体機能を麻痺させる強力な薬なんだ、まぁ拷問を担当したことのある君なら大体分かるよね、これが終われば、まぁ固形化する液体にでも沈めてしまうことにするよ。さよなら隊長」

ずっと変わらず無表情のまま、男は042に針を突き刺した。
「こんなことしてどうなるか、、ボクは君を許せないよ!ボクが君をたお…し…」

「ん?倒す?どーやって?」

白い少女はピクリとも動かなくなってしまった
紫のドレスを着た女はその光景を詰まらなさそうに見ていた

「面白くないわねぇ、ワタクシの屋敷に飾りたいのだけれども、それもダメとか言って駄々こねるのでしょぉ?」

「まぁね、こいつの不死身は法則を逸脱している、貴女のコレクションの中にあるのは危険すぎますよ、完全に身動きの取れない形にしておかないと」

「へぇ、お前ら低級魔族でもダンゴムシ程度の考えは持ってるんだなぁ」

突然会話に何者かが割り込んできたことに身構える2人
嘲笑うかのようなその声、音色は聞き覚えのある声ではあるが、その口調からは全く覚えのない強気な威勢が感じられた

「っっー、痛ってぇなぁ、私の'箱'になんてことしてくれてんだよ、このクモ野郎が、そこに直れ」

スグルの姿をしたナニカは目の前の魔族2人に啖呵を切った