「貴様ぁ!!良くも俺の近くで部下を殺したなぁ!?」

そこには先ほどまでの余裕ぶった態度は無くなっていた。
ひたいには血管が浮き出て今にも弾けそうなほど膨れ上がり脈打つ
右手の炎は脈打つごとにその大きさが変わっているようだった。
次第に火力の上がって行くその炎は赤から青白い色へと変化していく。

「おやおや、この女兵がそんなにお気に入りだったのかな?」

浅黒く変色した化け物はその足でグリグリと首を切り落とした女性の背中を踏みにじる
骨や筋の断ち切れる音だろうか、常人ならば耳にするだけで嘔吐してしまいそうなグロテスクな音が広場に響く。

それをニヤニヤと楽しげにやってのける存在、それがこの魔族なのだ。

「確かに造形は悪く無いが、俺には飯にしか見えんなぁ、人間とは興味深いなぁ」

そう言い終わると同時に不意に背後から矢が飛んでくる。が、それを初めから知っていたかのようにクルリと避けると、フッと口から消化針を飛ばす。
それに反応できなかった兵がその頭をドロリと溶かしながら、まるでゴム人形のようにパタリと倒れる。

「ここの兵は弱すぎて話にならんなぁ!?少し遊べると思ったのだが、本当にただ飯を食いに来ただけになってしまうよ!」

ゲラゲラと魔族の笑い声が響く

「クソ魔族がぁ!ちょーしのってんじゃねぇーぞ!!」

考える事を放棄してしまったかのように炎の魔人は化け物へと突っ込んでいく
その姿はまるで流星の如く青く真っ直ぐに移動すると標的に接近し一撃をいれるべくその拳を振り下ろす。

「死ねぇえええ!!!!」

その刹那、アランの目の前から敵の姿が消えた、否、真横に移動していた。
アラクネはその顔に邪悪な笑みを浮かべると振りかぶった肘をそのまま伸びきったアランの背中に振り下ろす
”しまった”
そう思うのがやっとだった。

ゴリュっと鈍い音がする。
地面にその体をめり込ませて、周りに小さくヒビが入る。内臓は弾け、流れるべき管を断たれた血液は行く場所を失い肉の袋の内側から穴を見つけてはそこから吹き出した。

ゴポゴポと耳や鼻、口、更には目からも血を流している。
ほんの一瞬だった、その一瞬で全ては決着した。
”こいつ、早くなって…”
考える力も失われて行く。思考するために必要な最低限の意識が深い闇に堕ちていく

「おい君、まだ一撃しか入れてないのにもう潰れたのか?全く脆い種族だ、だが安心しろ、今食ってやる。俺の肉体となり納得しろ、そしてその役割を全うしろ。」

たった今仕留めた獲物を足元には置いたまま化け物はそう言うと腕を組み周りを見渡す。
そこには既に戦意を失い、糸の切れた人形のように成り果てた者達の姿があった。

地面にめり込んだアランの頭を鷲掴みにして持ち上げると化け物は言った

「見えるか?アランとやら。やはり人間とは脆弱な生き物なんだよ。群れるだけ群れて、敵を殺すと食すこともしない愚かな生き物だ。お前らはこんな無駄な組織を作らずに潔く滅ぶべきだ」

「…」
「ん?もう死んだのかな?なんて貧弱な…」
「……クソ魔族…が…」
はぁ、と呆れたとばかりにため息を吐くと、化け物は口をモゴモゴと動かし内側で消化針を生成する。
フッ
小さな針が何かに刺さった音がした。

…………………………………………………………

「042さん、逃げた方がいいんじゃ…」
「ボクには役目がある。不死身であるボクが逃げることは許されないんだよスグル君…」

2人は広場の柱の影で炎の魔人にトドメが刺されるのをじっと見ていた。

「クソ、、またボクが突っ込んで自爆したとしても避けられてしまうのが関の山…か…」

隣で顎に手を当てて白髪の美少女は考えを巡らせている。
「ねぇ、」
「ひっ!」
思わずその横顔に見とれていたため、いきなり話しかけられて驚いてしまう。

「ど、どうされましたか!?」

「シッ!声が大きいよ」

言われて気づき口を手で押さえる。

「ねぇ、何で色黒になった途端動きが速くなったのかな。スグル君何か知ってない?」

突然の質問だった。確かに色の変わった後、ここから見ていても、明らかにアラクネの攻撃に対する反射速度が速くなっているように見えた。
速くなる…否

「ち、違う…なんかこう、先回りしているような…」

何かが頭の中で引っかかっていた。昔、どこかで見聞きしたことがあるような感覚…

「あのクモ魔族を何とか残りの人数で倒せないかなぁ…」
042が呟く

”クモ魔族…クモ、アラクネ、、クモ”

「それですよ!」
「シッ!静かに!」
再び口を抑えると、昔得た知識を話すことにした。

「クモは、体毛によって空気の流れや振動を敏感に感知して獲物を捕らえるって本で読んだことがあるんです。」

「けど毛なんてないじゃないか」
あっさりと返されてしまう。

「いいや、奴の体は今黒く短い体毛で覆われている。」
スグル達はその声を聞くまでその存在に気づくことができなかった。
東棟から広場に続く廊下の出入り口のところに男が壁に寄りかかっていた。
片手には小さな望遠鏡を持ち、その死んだような目で影に隠れている2人を見下ろす。

「ルグドさん…」
042がそう呟く。
「おい特攻隊の女兵よ、いい判断だ。下手に貴様が特攻すれば、今よりひどい有様になっていただろうからな。貴様はこのまま待機だ、それとその隣の貴様、期待はずれだ。事の処分が済んだら処分する。」

突然の死刑宣告だった。
使えない部下には罰を、が彼のルールらしい。
魔族に至っては処刑である。
ぼーっと見ているしかできなかった

「待ってください!ルグドさん!今回は何もするなと命令したのは部隊長である私です!どうかお許しください!」

白い少女はスグルの前に出ると両手を広げてかばった。

「貴様は今回の会議で第3支部に戻すことになっている。部外者にこいつの無能を庇うことは出来んのだ。」

無表情だった。余りにも冷たい目だった。

「魔族の処刑など、私の一存でどーとでもできる。恨むのなら、それほどまでに権利のない種族であることを恨むのだな」

するとルグドは帽子をさらに深くかぶると腰に刺してあった剣を抜き広場の中心で人間だったモノをすする浅黒い怪人の元へと向かった。

「アランはやはり炎帝の器では無かったか。その短気な性格が仇になったのだろうなぁ」

男は無表情にそう口にすると徐々に怪人との間を詰めていく

「また飯が歩いてきたのかぁ?流石に腹一杯だよ?」
困った、と言いたげな顔で振り返り、怪人は近づいてくる餌を視認する
その時、空間に亀裂が走り、帽子の男は真っ二つになった。
何が起こったのか分からなかった
ただ目の前の空間が裂けて…
その刹那、怪人の頭にこれまで経験した事のない痛みが走る。
「んぁあぁああああああああああああ!!!」
「…」

帽子をかぶった男は哀れなモノでも見るような目で両目を斬られて小さくうずくまる魔族を眺めていた。