'アンデット'
その言葉に引っかかりを覚えた。
「アンデット…特攻隊…」
確認するように呟く。

「お?君はもしかするととっても察しがいいのかな。ボクらはアンデット、つまり生ける屍、残念ながら完全な不死身はこの世界に数えるほどしかいないのだけれど、ボクらのいる特攻隊ってゆー部隊は、主に先陣を切って特攻していく魔族の集まりなのさ!」

どこか悲しそうに話すその姿に言葉を失う。
そんなスグルのことを無視するように白髪の少女は手元の資料をめくりながら、

「君の、えーっと…」
「スグルです。」
「そう!スグル君!ちなみにスグル君の検査記録を見ると、君の不死性は………他の隊員よりも極めて低そうだね、、殺されずにここにいるのが不思議なくらいだよ…」

今初めて資料に目を通したのだろう、その少女は驚き、そしてどこかバツが悪そうに苦笑いする。

「まぁ大丈夫!取れた腕が2日で引っ付くくらいはできそうだから、ギリギリだったんだろうね。
討伐されなくてよかったとしか…」

「慰めになってないですよ…」

「大丈夫!少年よ!今を生きよ!」

”あぁ嫌な予感しかしない…”
なぜか自信満々な表情で目の前に立つ白い美少女に、呆れて声も出なかった。

「ちなみに、042さんの不死性はどのくらいなんですか?」

試しに聞いてみることにした。

「ボクかい?ボクの不死性はね、完全不死だよ」

自信満々の表情である。
スグルは、正直驚きはしたが、あまりよく分かってはいなかったため、ピンときていない感じは否めなかった。
そんなスグルの反応など気にならないらしく、042はそのまま胸を張って腕組みをしていた。

…………………………………………………………

階段のところで自己紹介などをあらかた終わらせた後、スグルは042の案内で第六支部の中を案内してもらっていた。
どうやら支部の中には居住区があるらしく、部隊の者は各々の部屋で暮らすらしい。その他にも食堂、体育館に、稽古場、さらには会議室に至るまで、必要なものはあらかた揃っているようである。ゲインズ家にいる間、第六支部を遠くから眺めたことはあったが、実際に入ってみるとその規模の大きさに驚きを隠せない。
高い塀に囲まれた支部の内側には特攻隊を除いて、魔族は立ち入ることを許されていないらしい。
施設を歩き回る2人に突きつけられる視線は常に怒りと嫌悪に満ちていた。
その視線には覚えがあった。
学校でスグルが暴力を受けている時、叩きつけられる拳や足のつま先と同じように突き刺さってきたあの視線だった。
自然と表情が曇る。
そんなスグルの様子を見て、042は気を使ったのか、くるりと方向転換し、正面に立つと
スグルの頭をポンと叩き、

「よし!今日はここまでにしましょうか。」
そう言って微笑むとスグルの手を引いて逃げるようにその場を後にした。

「んっと!ここが新しい君の部屋だよ、生活用品はあらかた揃えて入れておいたから大丈夫だと思うけど、ボクの部屋はすぐ隣だから何があったら呼んでね!力になるから!」

どうやら居住区に連れてこられたらしい。
目の前の部屋には自分の名前が書いてあった。
「あの、1ついいですか?」
部屋に戻ろうとドアノブに手をかけているところを呼び止めて質問する。
彼女はキョトンととした表情でこちらを伺っていた。

「僕らの部隊って何人いるんですか?」
「3人だよ」
即答だった。
「少なすぎじゃないんですか?」
「まぁね、、元々兵士の数が少ないし、人間の殉職率が高いんだ。不死性の魔族もそう多くない、もっと言えばボクだってここへは第3支部からの派遣で来てるだけなんだ。」

どうやら魔族との戦いは今の所劣勢なのだろう。この世界の真実をつきつけられた気分だった。

「そうなんですね、ところで3人目はどこなんですか?」

「3人目、062はボクの前任者でね、第3支部からの同じ派遣でね、ひと月前の対ヴァンパイア戦で動けない体になってしまって、それでボクが呼ばれたわけ。今は医療室の端にいるよ。」

不死性があると言ってもそんなことになってしまうのだ、特攻隊がほとんど捨て駒のような扱いであることを知ると、不安を隠しきれずに顔に出てしまう。

「大丈夫だよ。君の不死性は全然だから、グズル君の分までボクがなんとかしたげる!」

聞き捨てならない名前の言い間違えがあったのだが、それは無視して、
胸を張って言い切られた彼女のその言葉に少なからず救われる自分がいるのが分かった。安心とは言い切れずとも、悪い人ではないことが分かって、少し落ちついたのだった。

「じゃあ、お休みなさい」
そう口にした直後だった。
支部全体にカンカンと鐘の音が響き渡る。
大気にヒビが入ったのかと思えるほどの音だった
支部全体に緊張が走る
それはまるで、神が一度自らの命を絶った少年を罰しているかのように、新しい絶望を乗せてスグルの鼓膜を揺らす。

「総員武器を持って戦闘に備えよ!王族種と思われるアラクネが東門居住区より進入したもよう!
繰り返す!総員武器を…」

「ありえない、、」
隣で少女が驚きの表情を浮かべている。
「スグル君、死なないでね、王族種のアラクネは今の第六支部には荷が重すぎる。」

そう言うと、042は部屋のドアノブを素早く開けて、室内から大人1人入ってしまうほど大きなトランクケースを出して来た。

「スグル君、武器を選んで、」

トランクケースの口が開かれりと、そこには刀剣を始めとした様々な武器が詰め込まれていた。
彼女はその中から迷わず小さな石の入った半透明の袋を手に持つとポケットにしまい、短剣を手に取った。

「あ、あの、、そんなに急がなくてもまだ来ないんじゃ…」
焦る042にそう問いかける。
彼女はグッと形のいい眉に皺を、寄せながら、

「ここは東門居住区の4階だよ、いつ来てもおかしくない状況なんだ。」

「王族種のアラクネって、」
「つべこべ言う前に早く準備して!質問も後!スグル君がちゃんとしないとボクも守りきれないよ!」

状況が上手く飲み込めずにいるスグルを見て、042は焦りを隠せずに白髪の頭を抱えてしまう。
その時だった、廊下の奥から動く人影があった。

「アレェ?魔族がいるじゃん。もしかして君達先客だったりするのかな?」

その声はまるで自分以外の全ての生き物を下に見るような、そんな嫌な声だった。
声の主である細身の男が口に付いた何かをハンカチで拭き取りながら歩いてくる。
ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべながらその男は近づいてくる。

「王族種….」
少女はそう呟き、目の前の怪物に刃先を向けた。