慶応・早稲田を狙ってみよう―独学でも十分合格する国私立大学受験法
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September 25, 2018

秋、10月からは合格者となる者の伸びる時期

テーマ:難関への挑戦・勝利への階梯

今の自分よりレベルの高い入学試験を受けるのなら、

 

自分の範囲内で物事を意識したり、勉強したりしていては、自分のレベルを超えられません。

 

この秋、この10月から、来年合格する人の実力が充実し、伸びて行く時期に入ります。

 

これまで同一のレベル層にいた、同じ実力者であっても、抜け出して行く者が現れるようになるのです。

 

時間をかければ過去問を8割以上は正答できるのに、時間内には解き終わらない集団から抜け出したり、

 

基礎が固められない状況から抜け出したり、

 

全く解けそうもない印象の問題をなんとかして解けるようにしたり、

 

次々と困難を克服して、合格圏内に入り込んで行くのです。

 

基礎がなかなか終わらない、

どうしても解けない問題がある、

過去問に苦手な問題型式がある、

時間内に解き終わる気がしない、

何度やっても、まったく覚えられない、

 

こんな理由で、合格圏内に入り込めない人は少ないでしょう。

 

合格するために必要なことなのですが、壁を突破できないのです。

 

過去問の解答を見て、これは自分にはできません、無理です、と実際に言う人もいますし、

 

心の中で、これはできない、到底自分には解答することはできない、と思う人もいます。

 

全て自分の範囲内で考えているからです。

 

英語や古文、現代国語などの読解問題で、読んでもわからない箇所は結構出てきます。

 

合格者でも、英文の隅から隅まで全てわかるという人ばかりではありません。

 

わかるところから、わからないところを推測する、という方策で合格を勝ち取っている人もいます。

 

これまで解いた過去問の英文を考えてみて下さい。

 

かなり良い点数を取った問題でも、全部わかってはいなかったという場合もあると思います。

 

わからないところをわからないままで試験を終わらない、という覚悟みたいなものが必要です。

 

この覚悟は、日頃の学習でも、

 

わからないものをわからないままにしておかない、ということにもなります。

 

試験の場で、解けないものを解けるようにすることは、

 

選択肢から本文の内容を推測したり、一つだけ仲間外れの選択肢を探したり、

 

本文の内容から書かれていない選択肢を外したり、

 

という基本的なことから、

 

知らない古文単語を現代語の漢字や言葉の知識からそれらしいものを推測したり、

 

英単語の接頭語や接尾語、本文での言い換え、語感など、アヤシゲな方策までも動員して、

 

持っている全ての知識を活用して必ず解く、とい気迫と意識が必要です。

 

問題となっているからには、どのように難しく思える問題でも、必ず解答に至る合理的な根拠があるはずなのです。

 

解答が正答に至れば、正しい知識からの正答でなくとも、それはそれで良いのです。

 

例えば、

問題集などの古文解答には、敬語や単語の知識で解答している解説が載っていますが、そんな知識がなくても解答できることが少なくありません。

 

本文の内容や登場人物数、敬語使用の有無、状況など、名探偵のようにあらゆるものを駆使して推理するのです。

 

解答は必ずある、解けない問題は出ないと決めて、正答に肉薄するのです。

 

もちろん、時間の無駄になる問題は捨てる必要がありますが、捨てる選択は素早くするか、なるべくしないか、という方策と見極めが必要です。

 

日頃の過去問演習で解けなかった問題について、これは本当に解けなかったのか、

 

それとも、

 

考え方を変えれば解けたのかをよく考えて判断できるようにするしかありません。

 

まずは基本として、問題は諦めない、という覚悟が必要です。

 

合格者への抜け出しに遅れてはなりません。

 

 

September 23, 2018

センターまで△△日、入試まで○ヶ月しかないという、やがて死ぬ重病人みたいな心配はやめましょう

テーマ:勉強の計画と時間配分

夏休みあけから、入試まで○○ヶ月、センターまで△△日という予報めいた内容を聞いたり、見たりすることが多くなりました。

 

このような予報で、不安になる人は少なくないようです。

 

でも、やがて死ぬような、重病人みたいな心配はやめましょう。

 

あと○○日などと意識していると、ふたをされた毎日を生きているようで、気詰まりではないでしょうか。

 

我々の未来は、上方に開いているのです。

 

気を大きく持ちましょう。

 

一日は誰が何と言っても、二十四時間あり、一時間はどんなことがあっても六十分あります。

 

三十分あったら、コーヒーショップに入りなさい、という標語みたいなアドバイスがあります。

 

これは、三十分もあったら、必ず何か資質の向上のための時間にする、というおすすめです。

 

三十分という時間は、実際に向き合ってみると、結構な時間の質があります。

 

書きものを考えているときには、かなりの前進を得られます。

 

英文なら、数ページ、旨く読めるものなら数十ページも読んでいけます。

 

問題集なら、かなりのことを納得して、覚えられるでしょう。

 

仮に一つのことがやっと身についたとしても、それでも結構ではないでしょうか。

 

何も得られなかったとしても、その挑戦の数分はとても得難いものになります。

 

三十分もあれば、濃い時間が得られます。

 

まだまだ残り時間を数えるときではありません。

 

残り時間を気にするのは、入学試験を受けて、残り数分となったときで結構です。

 

それまでは、時間にフタをするのはやめましょう。

 

そして、逆に時間を有効に使うことにするのです。

 

私の場合、ポケットに英文を突っ込んで、何か空き時間があると、それを読んでいました。

 

電車の待ち時間、歯医者の待合室、お風呂の中など、時間は結構あるものです。

 

また、私が仮面浪人として本格稼働したのは、十月からです。

 

それまでは、登山に嵌っていて、受験し直すという意識がチラホラ出ていただけです。

 

雲の平という北アルプスでクラブの夏合宿があり、槍ヶ岳の裏から単独で入山し、かなりコワイ目にも遭いました。

 

受験勉強よりも登山の方が命がかかっているので、登山の方を重要視していました。

 

十月から、不安と恐怖と劣等感という負のエネルギーを燃やして、莫大な量の勉強を始めました。

 

負のエネルギーの中には、十月までを登山に費やしてしまったという、大きな罪悪感と後悔のエネルギーが含まれています。

 

これまで燃焼しきれなかった人も、今からその反省と罪悪感に点火して、勉強ビッグバンを起こすのです。

 

これからです、これから修行とも言える日々を過ごしていけば、これまでの遅れを取り戻せます。

 

不合格になるために生活するのか、合格するために生活するのかの差は、些細なことです。

 

心と精神に点火できるかどうか、

 

このことだけだと思います。

 

点火の対象は、失敗と反省の、負のエネルギーでも全く構いません。

 

来年の春に、正のエネルギーとして転換され、第二弾のビッグバンが待ち構えているからです。

 

 

September 23, 2018

解答欄は空白のままにしない、最後まで考えて解答する、一点でも上積みする努力を怠らない

テーマ:模試・テストについて

模擬試験は、入試本番の予行演習としても活用できることは、皆さん言われなくてもわかっているでしょう。

しかし、あまり活用されていないようなのです。

模試を受ける場合、それに向けてこれまでの整理や、総復習、或いは予習など、試合に出る選手のように自分の能力を高める人もいます。

また、日々の計画通り進め、模試だからといっても何もせずに、その時点の実力測定だと割り切って受ける人もいます。

そのどちらでも、自分の考えに従ってやれば良いと思います。

但し、受けるからには、今できる最高のパフォーマンスを発揮するように心がけることが大切です。

 

問題をやるときは常に本番の入試のように解く、ということが大切です。

受験生に接していて、記述問題などに粘りがないことに驚くことがあります。

日頃の問題集をやっているときでも、模試を受けているときでも、既述問題を空欄でやり終えてはいけません。

部分点を狙うため、ということもありますが、一番の狙いは、わからなくても考えて、なんらかの解答を導き出すことです。

 

部分点はあまりくれない、ということがあっても、何等かの解答を書く、という意識が大切です

こうすることで、思考能力が高まり、また考えることが習慣化され、問題対応力が高まるのです。

 

部分点が全く取れなくても、次につながる負けにします。

 

無から有を生むような記述解答をしていることにより、徐々にわからない解答が少なくなって行くはずです。

 

考える、ということが習慣化されるからだと思います。

 

ですので、必ず何かを考え出して書く、ということが重要です。

本番では自分もそうする、などと言っていても、普段からやっていないと最高のパフォーマンスを発揮できません。

日頃の練習が大切です。

日々の努力で培ったものが出るのですから、毎日の問題解答で努力を怠ってはいけません。

できない、無理だと思える和訳、英訳、現代文の解答、歴史の論述などでも、解答欄を空白のまま提出、或いはやり終えてはいけません。

どうせわからないのだから、あとで解答を見てやり方を覚えればいいやと思っていても、

 

予め考えて挑戦してから解答を見るのと、そうでないのとでは、次への対応力が違ってきます。

恐らく無理して解答した場合ですと、その多くが誤っていると思います。

でも、その誤解答がとても貴重なのです。

誤った解答方法になぜなったのか、自分の思考過程のミスは何か、思考方針の誤りはなんのためかなど、

 

誤解答から得られるものは少なくありません。

勉強机で問題集をやっているときでも、一度問題を解こうと思ったのなら、最後まで考えて解答すべきです。

選択問題をやっているときに、最後の二つまで絞る事ができたが、そこから決定的な選択理由がわからない、などということがよくあるものです。

そんなとき、考えることが面倒になり、適当にどちらかを選んで解答してはいけません。

本番ではきちんと最後まで考えて解答する、などと思っていても、その本番のときに考える元ネタやエネルギーは、日頃の練習で培われるものなのです。

模試なら、猶更です。

本番と同様に対処するのです。

まだ自分がやっていない範囲が出たら、ああ、これは今解答しなくてもいいや、と思うのではなく、

 

一点でも上積みするために、例え無駄な努力と思えても、対応してみて下さい。

そうすることにより、粘りが出てきますし、何よりも進取の気質というか、プラスのエネルギーが高まり、受験への精神的な力が増してきます。

自分は今、登っているという意識が醸成されると思います。


解答欄は空白のままにしない、最後まで考えて解答する、一点でも上積みする努力を怠らない、

 

ということを考慮してみて下さい。

 

September 22, 2018

洋書を読むことへのお誘いと注意 第二版

テーマ:英語―長文読解

読書の秋です。

受験生は英文を読みましょう。

気晴らしに洋書を読んだり、余暇に英文で物語を読んで過ごすという、勉強でない勉強をして実力を磨くことも必要です。

以下は、本年の5月に掲載した内容ですが、受験勉強で疲れた頭を、おもしろくて平易な英文で癒やすことができる書籍を推薦しています。

全文がわからなくても、内容はわかる、という体験も貴重です。

よかったら、この秋に洋書に挑戦してみて下さい。

推薦している図書は、大きな書店の語学コーナーに行けばあると思いますので、必ず内容を確認して購入して下さい。

また、語学コーナーでいろいろと探してみるのも良いでしょう。

では、以下より再掲載の内容です。

 

 

洋書を読むことによって、知らない単語やわからない表現が出てきても、全体の内容から推測して読んでいく能力を磨くことができます。

この結果、長文問題に未知の単語が出てきてもあまり怖くなくなってきます。

単語が全くわからず、前後から推測できなくても、他の理解できるところをつなげて、大意は勿論、内容もほぼ理解できるところまでもっていく能力が鍛えられてくると思います。

どうしてもわからなければ、辞書で調べることも必要ですが、ある程度読むことが出来てくると、辞書を参照することが面倒になってきます。
幾つかわからない単語があっても、内容がわかっているので、あまり調べようとしなくなっていくのです。


このことは、読む能力が向上したということで、歓迎すべきことなのですが、実は同時に落とし穴も存在しています。

わからない未知の単語が、読んでいないときでも頭の中に残り、気になって後で調べてみるということをすれば、その単語は良く記憶されて、語彙力増強に大きく寄与することになります。

しかし、そうではない場合、つまり調べることがないと、知らない単語はいつまで経っても知らないままになってしまう可能性が高いのです。
洋書は読んでいるけど、語彙力は増えていない、更に読解力も同じレベルにとどまってしまう、という危険が存在しています。

信じられないかもしれませんが、このようなこともあるのです。

暇があれば洋書を読んでいた私が、社会人になって初めて慶應や早稲田、東大や一橋などの英語入試問題を解いたときのことです。

分厚い洋書を何冊か読破していた私は、自信満々でした。

すぐに解いて、時間はあまるだろうと思っていました。

ところが、絶対の自信を持っていたのに、完全に打ち砕かれたのです。
その原因は、上記の危険な落とし穴に嵌っていたことによります。

私が好きな小説や宇宙などの科学評論に出てくる単語とは大いに異なる未知の単語が入試英文には現れ、また、大学入学以来全くやっていなかった文法問題には手を出せないものが多くあったのです。


洋書を読むことは、長文対策になることは確かなのですが、それだけをやっていてはダメだ、ということに気をつけて下さい。

私の様に、あまり英語が得意でない場合、知らない単語は推測するか、無視するかしてしまい、内容がある程度わかればいいや、という読み方になり易いからです。

時には全文を理解しようとして緻密に読むか、読んだ後に、単語などわからないことを調べる時間を作る、ということが必要になってきます。

でも、洋書を読むことができてきますと、この調べるということが、とても面倒になってくるのです。
単語なんか調べなくても、内容はよくわかるし、仮に一段落くらいわからなくても、なんとかなると思うようになるからです。
これはこれで良い傾向なのかもしれませんが、入試長文に対する対応力はそんなに上がってはいないかもしれない、ということにも注意して下さい。

洋書を読むことに対して、マイナスイメージを植え付けてしまったかもしれませんが、英語だけのものを読むということは、とても気持ちの良いものです。

また、これは私が単純だからかもしれませんが、英文だけのものを読んでいる自分、ということに気分も高まります。

幼稚なことかもしれませんが、英文だけのものを読めるという意識が、もっと繰り返し読んでみようとか、新しいものを読んでやろうというきっかけになっていくものです。

最初に読んだ洋書は、忘れられないものになると思います。

ついにやった、みたいな喜びが突き上げてきて、よし、やれるという高揚感で、たくさん英文を読みたくなってくると思います。

 

以下に比較的簡単なものを挙げておきます。

必ず書店で手にとって内容を確認してからご購入して下さい。

手にとったときの、『読みたい』と思う感じも大切です。

 

大きな書店で、参考書コーナーではなく、語学の英語コーナーに行けばいろいろなものがありますから、自分で良いと思ったものを探すのも良いでしょう。

日本の小説やマンガの英訳も結構あります。

 

是非、挑戦してみて下さい。

 

 

 

 

 

 

 

September 21, 2018

過信はいけないけれど、自信は必要

テーマ:自信喪失気味・苦戦中のあなたへ

予備校というものに三ヶ月ほど通っていたことがあります。

 

一浪していたときです。

 

私の高校は、卒業生のいない県立の新設高校だったため、ランクさえなく埒外の高校でした。

 

その中で粒ぞろいの劣等生とともに、できなさを争っていました。

 

自信などというものは、そのかけらもありません。

 

一浪するにあたり、都内の有名予備校のパンフレットなど集めてもみましたが、自分にはほど遠い世界のような気がしてなりませんでした。

 

私が住んでいた当時の横浜は、今賑わっている駅の西口でさえ、買い物にくるおばちゃんがいる商店街とさほど変わらない田舎だったのです。

 

元町は、一本横町に入れば、閑散とした田舎の通りでしかありません。

 

そんな田舎の劣等生にとって、中央の文化が眩しく、東京の予備校に通うことなどできませんでした。

 

お茶の水や高田の馬場、代々木などの駅は、人と車が多すぎて落ち着かない大都会だったのです。

 

横浜の西口のはずれにあった小さな予備校に入りました。

 

今、考えるとこの選択がよかったのです。

 

小さいので、クラスには二十名ほどの人数しかいません。

 

そして、英語の読解でとてもコワイ先生がいて、毎週の授業には予習で徹夜に近い努力をしなければならず、授業中はいつ当てられるかと戦々恐々でした。

 

この体験が全く勉強ができない劣等生に、勉強で頑張る、ということはどういうことかなのかを教えてくれました。

 

次に、

 

小さい予備校でも、県内の進学校からチラホラ生徒が来ていて、劣等生の私でも対抗できる時があり、なんだ、進学校といっても、そんなにすごくないじゃないか、と思えることがありました。

 

この予備校で、必死に頑張る、ということはどういうことなのかを学んだことと、

 

俺にも進学校の生徒以上にできるときがある、という自信を得たことが大きな収穫でした。

 

そして勇躍、予備校をやめて県立図書館で独学を始めたのですが、地獄のような日々を過ごしながらも、一般の受験生程度の実力に追いつくことができたのです。

 

家の玄関を出て、帰宅するまで一言も喋ることなく下を向いて、できない勉強をしている日々でしたので暗黒の毎日でした。

 

やればできる、という自信がなければ気が狂っていたでしょう。

 

なんらかの自信というものは、受験勉強には是非必要なことなのだと思います。

 

その自信は、難しい問題を解くことができる、英文や古文が読める、やり終えた問題数やページ数など、具体的な実績がないと生まれません。

 

過信はいけませんが、なんらか実績を生むための努力が必要です。

 

私の場合、読めない英文を和訳と照らし会わせて読んでいるうちに、読解力がなんとかなってきたことが突破口になりました。

 

突破口にしようとして勉強していたわけではありません。

 

必死にやっているうちに突破口になったのです。

 

劣等生から脱却するためには必死にならざるを得なかったからです。

 

苦しみを求めて勉強をする必要はありません。

 

効果が出るように、過去問が解けるようにやれば良いのです。

 

過去問が時間内に解けるようになると、かなりの自信になってきます。

 

それを目指すのが、この秋です。

 

頑張って突き進んで下さい。

 

September 20, 2018

常に何かに挑戦していることが重要なのではないか

テーマ:難関への挑戦・勝利への階梯

わからない問題に対して、難しい、これは解けない、と思っているだけでは解決になりません。

 

それでは、実力が向上して行くことはないでしょう。

 

試験の場であれば、何か解くためのヒントはないかと探すことです。

 

最近、古文と漢文で受験生は諦め易い、ということがあると感じています。

 

古文の文法と単語、漢文の句法と特殊な読み方や熟語に単語、これらは英語に比較したら一桁以上少ないものだけで実戦に入ることができます。

 

古文の単語集は多いものでもせいぜい600程度です。

 

漢文なんてあまり単語集はありません。

句法などの参考書や問題集の巻末、便覧などに付録として数十程度の必要な語彙が載っているだけです。

 

これだけで入試の過去問を解け、というわけですから、予め勉強している知識だけでは太刀打ちできないことがあります。

 

いや、普通にあります。

 

では、なぜ、こういうことが起きるのでしょうか。

 

受験に必要なものなら、予備校や出版社から単語集などの知識拡充のための書籍が発行されているはずです。

 

しかし、そんなものはありません。

 

あるのかもしれませんが、英語よりは格段に少ないでしょう。

 

なぜなら、自分が持っている現代国語の知識で解けるからです。

また、解けないといけないのです。

 

古文の単語は、現代語にはない「あいなし」とか「いみじ」などの単語を覚え、

 

現代語とは意味が違うもの、例えば「あからさま」や「あさまし」などの意味を覚えて、

 

あとは古典文法を学べば、なんとか古文の問題は解けるようになります。

 

知らない単語が出てきても、内容から推測するか、現代語から推測して解答できるようになっているからです。

 

この、習っていないのだけれど、なんとか解答できる、ということが大切なのです。

 

漢文は幾つかの句法を習えば、後は現代に使っている漢字の知識から解答できる場合が少なくありません。

 

習っていない漢字や、見たこともない感じが出てきても、英語とは異なり、「へん」や「つくり」を見てその漢字の意味を推測したり、知っている漢字が含まれている文章であれば、そこを鍵として意味を探ったりなどすることが有効です。

 

知らない単語、知らない漢字などが古文や漢文に出てくると簡単に諦めてしまう人は、真面目な人に多いのですが、習っていることが全てではない、ということも頭に入れて挑戦していくことが大切です。

 

英語も数学も他の全ての科目に於いて、わかるところから一点突破する、ということが大切です。

 

そして試験の場から日常の学習の場に移ったときは、わからない問題からは逃げずに、わからないなりに考えて、なんとかしようとすることです。

 

そんなこと言っても、本当になんにもわからないのです、と言うかもしれません。

なんにも考えられない、不可能だ、と思っているかもしれません。

 

けれど、

 

挑戦しなければならないのです。

 

挑戦していれば、かならずわかってきます。

 

大学受験程度のことであれば、必ず解答はあります。

 

中には、解答がない、という数学の問題があるかもしれませんが、大抵解答はあります。

 

既知の問題が出題されているわけです。

 

わからないのは、自分の都合だけです。

 

わかなくても挑戦していれば、わからないなりに、次に何をやれば良いか検討がつくようになります。

 

そして試行錯誤の末に必ず解決することができます。

 

必ず、です。

 

逃げてはいけません。

 

挑戦を続けるのです。

 

そして、必要なものを来春に受け取りましょう。

 

September 19, 2018

あとほんの少しの点数差で、大事な合格を逃さないために

テーマ:受験勉強への取り組み方

点数開示をしてみると、あと一問だけでも正解していれば合格できたのに、と思うことがあります。

 

合格最低点との点数差は、ほんの僅かな小さな差でも、絶対的な差を生んでしまいます。

 

そんな入試の場に、来年挑戦しなければなりません。

 

実力差もあるかもしれませんが、合否の別れ目になる要因としては、性格的なものも大きく響いてくるのではないでしょうか。

 

解答を正答にしなければならない試験会場では、ほんの些細なミスが大きな差となってしまいますが、小さなミスでも防ぐことは簡単ではありません。

 

実力を上昇させることと同時に、意識的なことも考慮に入れなければならないと思います。

 

そのために気をつけなければならないことには、主に次の二つのことがあると認識しています。

 

一つは、問題を正答した場合、次も同じ問題については必ず正答する、ということ、

 

もう一つは、出来なかった問題は、次は必ず正答する、ということです。

 

なんだ、そんなの当たり前じゃないか、と思うかもしれませんが、

 

このことを完璧に実践している人は、そんなに多くはない、と感じています。

 

試みに、一週間前にやった問題集、過去問などを解いてみて下さい。

 

解答を覚えていても結構です。

 

全部正答でるのなら、なんら問題はありません。

 

しかし、一問でも間違えたのなら、これまでの勉強法をもう少し緻密にした方が良いかもしれません。

 

たった一問でも、その気の緩みが失点につながります。

 

特に、過去問は二度目に解くときは満点を狙わないといけません。

 

二度解くのなんて無駄なのではないか、と思いますか。

 

実は、これが一番実力向上に効くのではないか、と私は感じています。

 

仮に解答を覚えていても、全く構いません。

 

知識問題なら、覚えている内容の再確認になりますし、

 

現代国語のような読解問題でも解答を暗記していても、

 

その解答に導かれる解法の流れをなぞることによって、解答方法が定着し、

 

次の別の読解問題に効いてきます。

 

模試や問題集の問題を解いて正答した問題でも、その解答方法がわかっていないといけません。

 

つまり、次に同種の問題を解くときには、確実に正答できないといけないのです。

 

まぐれの正答のままではいけません。

 

正答には再現性が必要です。

 

そして、できなかった問題は確実にできるようにしておきましょう。

 

次には必ず正答するという意識は、合格のために是非必要なことであり、拘りです。

September 18, 2018

勉強ができないのなら、そのことを自覚しているか

テーマ:自信喪失気味・苦戦中のあなたへ

私の場合、

 

県内でレベルすら定まっていない新設高校の生徒であること、

 

模試の点数は100点満点でいつも50点以下、

 

それどころか、

 

30点台を大台と呼び、高校の定期テストですら、年に数回しかその大台の点数を取ったことがなかったため、

 

自分は勉強ができない、という意識はあふれるほど持たされていました。

 

英文に出てくる英単語を全部調べても、何が書いてあるのかわかりません。

 

数学では、参考書に載っている例題の解き方でさえも良くわからず、同じ様に解く類題も全く解けませんでした。

 

ここまで出来ないことが徹底していると、

 

自分はバカだ、ということは数学の公理のように証明不要のことだったのです。

 

そのため、何をやってもダメだろうというマイナスの評価は充分に受け入れられ、

 

勉強をするモチベーションもなくなりかけていました。

 

自分は出来るんだ、ちゃんとやれば実力がつくようになるんだ、

などということは夢にも思いませんでした。

 

このため、浪人になってから対訳を読みながら英文が少しわかりかけてきたり、

 

世界史の問題集をエンドレスで繰り返したりして、少しは大台以上の点数が取れるようになったときでも、

 

その変化に甘えることはありませんでした。

 

自分はバカですから、

抵抗なく問題集を繰り返し、英文をひたすら何度も読み返すという、

本当の、バカの一つ覚えのような勉強方法を、飽きることなくひたすら続けられたのです。

 

このことは、あまり良いことではありません。

 

できないから、それしかできなかったのです。

 

けれど、受験勉強には、その重要な要素の一つとして、繰り返しとか、続けるということがあると思います。

 

実力を定着させるためには、是非必要な要因ではないでしょうか。

 

この単純で根気のいる作業は、非常に強い意志力を要求してきます。

 

一度出来れば、それで出来たと思う人は少なくありません。

 

そして何週間か経つとほとんど忘れてしまうのです。

 

或いは、1点近くのマイナス点を取ってしまい、大切な入試で失敗することになってしまいます。

 

自分ができないという意識は、

 

ある程度、どんなに成績が上位でも必要な意識かもしれません。

 

油断しないためにも、

 

繰り返し、復習、続行という大切な受験勉強の要因のためにも、

 

逃してはいけない意識なのではないでしょうか。

September 17, 2018

小論文は、俺に書かせろ、私が書く、という自信と積極性が必要です

テーマ:小論文対策

小論文は、「小論文」という独自の科目が大抵の高校にはないため、

 

どのように勉強してよいかわからない、

 

いつから勉強して良いのかわからない、

 

などの取りつきにくさがあり、どうしても遅れ気味の対策になりがちです。

 

そして、どのくらい重要なのかもあまり考えられることなく、

 

安易に試験を受けてしまうことが多いと思います。

 

小論文が初めて本格的に登場した頃、

 

対策は何もしなかった、文章を書くことが好きなので大丈夫だと思っていた、

 

などの無体策受験者が少なくありませんでした。

 

実際、私が入った頃の慶應でも、小論文が入試にあるのを受験の数日前まで知らなかった、という友人さえいたのです。

 

でも今は違います。

 

特に首都圏の合格者数絞り込み激しい私大では、重要な得点源にしないといけません。

 

小論文は作文や感想文とは違います。

 

自分の主張をわかりやすく論理的に説明しなければなりません。

 

こう思う、このように感じた、などの感想文や作文は誰も反対はできません。

 

作者独特の感じかたに意義は唱えられないからです。

 

しかし、小論文は相手を納得させなければなりません。

 

採点が面倒だと思っている採点者を振り向かせ、納得させ、感心させなければならないのです。

 

そのためには、書く練習が必要です。

 

できれば、確かな人に添削してもらうと良いでしょう。

 

自分で文章が書ける、と思っていても、実際に書いたものを見るとトンデモナイものだったり、

 

そこまではいかなくても、クセのある文章だったり、わかりにくかったり、

 

直したいところが出てくるものなのです。

 

先生がいなくても、親や友人に読んでもらうことで、かなり改善されることもあります。

 

そうして、書く練習を積むことによって自信が出てきます。

 

書くことが得意になり、俺の書いたものを見よ、と言いたくなります。

 

これくらいにならないと、小論文で良い点数はなかなか取れないと思った方が良いかもしれません。

 

とにかく書くことが好きにならないといけないと思います。

 

頑張って下さい。

 

今からでも、充分間に合います。

 

 

September 16, 2018

小論文で指定される、例をあげて説明する、ことについて

テーマ:小論文対策

小論文で自分の主張や意見を求められ、そしてその内容を説明するために『例をあげる』ことが指定される場合があります。

 

小論文を書き始めたばかりの頃ですと、この『例』について非常に悩むことがよくあるようです。

 

課題文が哲学や法律、芸術や政治経済など、高校生や若い人には馴染みのない内容ですと、ますます困ってしまうでしょう。

 

模範解答を見ると、こんな例を思いつくことができるわけがない、という高度な内容の文章がデ~ンと載っているのです。

 

昨日のコメントにも書きましたが、自由英作文は模範解答のような高度でスバラシイ英文は書けなくても良いのです。

 

スバラシイ英文が書けるのなら申し分ありませんが、英作文が苦手なら、小学生の意見を中学生の英語で誤りなく書く、ということで結構です。

 

他の問題で点数をとり、英作文を0点にだけはしない、という戦略でも大丈夫です。

 

しかし、小論文はそうではありません。

 

自由英作文とは異なり、独立した科目として存在し、配点が大きいからです。

 

そして高校三年生以上であれば、日本語を駆使して文章が書けるのは当たり前であり、

 

大学に入ろうとするのなら、課題文を読めば背景知識などなくとも、きちんとしたものが書けないといけないからです。

 

小論文に背景知識はあった方が有利なのは確かですが、課題文から知識を読み込んで充分に対抗できるようになっています。

 

また、課題文がない場合でも、そこはなんとかできなくてはいけません。

そのために練習するのですし、十数年生きてきた蓄積にモノを言わせるのです。

 

で、『例をあげよ』ですが、これに困ることはありません。

 

いや、困る必要はないのです。

 

なぜ、例をあげよ、と言われているのか、ということを考えたことがあるでしょうか。

 

それは、抽象的なことを説明するときには、わかりやすい例が必要だからです。

 

つまり、例が大切なのではありません。

 

自分の意見を述べるときに、相手にわかりやすいように例をあげて説明せよ、と言ってくれているのです。

 

ということは、例をあげて説明せよ、と求められていなくても、例をあげて説明した方が採点者にはわかりやすいということです。

 

というわけで、模範解答のようなスバラシイ例を思いつくことができればそれが最高なのですが、少ない試験時間内に良い例が思いつかなければ、小さい頃の幼い思い出でも、歴史上の出来事でも、どんなつまらないことでも、説明するために引用できるものであるなら構いません。

 

何も思いつかないよりは、何か小さいことでも思いついて書くことです。

 

もちろん日頃の練習で、良い思いつきや、新聞テレビの視聴から、又は新書などの読書から引用ができれば結構です。

 

とにかく、自分の意見を相手に納得させることができれば良いわけです。

 

この考え方は、例で困る必要はない、という入門的な考え方です。

 

これを突破口にして、模範解答に匹敵するもの、或いは、凌駕するものを書けるように挑戦して行って下さい。

 

 

 

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