「…同じく人生の第一義に泣き暮れる体質があったが、太宰のなかの別の知性人としての太宰が、泣き暮れている太宰をクスクス笑っている厚味がある。太宰がもし啄木の時代にうまれておれば、ただひたすらに泣きぬれている自分だけしか出せなかったかもしれないが、さいわい太宰の生きた時代は、啄木の時代とはちがい、するどくかれの泣き笑いを見ぬくほどに成長していた。太宰は感度のいい読者の前で安心して真顔で泣き、その泣き顔を戯画化してもう一度泣いてみせ、さらに人前でその芸当をする自分にやるせない渋面をつくってみせることができた。…」
『司馬遼太郎が考えたこと 2 』(新潮文庫)より
司馬さんが太宰の娘である太田静子(だったと思うが)さんに優しい理由もわかる気がする。