【イベント回顧⑧】・Ⅶ。
話は翌年に飛びます。
翌年も女性アーティストは同じような流れでシングル→夏野外イベント→アルバム→レコ発ツアーという組み立てだった。
しかしいくつか変化もあった。
私個人的には「支部長」との行動が増えた。
また事務所サイドもキャンペーン告知を積極的に行った。今回はファンクラブ会報にも掲載がなされた。
今回の来阪は一日のみである。出演番組は前年の一日目からFM局一本を減らした形であった。
ただ、夕方のFM局の番組はサテライトスタジオでの公開に変わっていた。これは嬉しいことだ。
ガラス越しに生トークが伺えるというわけだ。
これはなおさら、〈かぶりつき〉をゲットしなければ腹の虫がおさまらない(笑)。
「支部長」はエンジニアであるため、夜勤もあるタイプだった。対して私は昼勤のみ。
がしかし、うまくあちらもその日を休みにしてくれた。
というわけで、サテライトスタジオにはより早めに到着した。
現在ではこのサテライトスタジオは撮禁になっているが、この当時は規制がなかった。
安心してカメラを持っていった。
~続く
翌年も女性アーティストは同じような流れでシングル→夏野外イベント→アルバム→レコ発ツアーという組み立てだった。
しかしいくつか変化もあった。
私個人的には「支部長」との行動が増えた。
また事務所サイドもキャンペーン告知を積極的に行った。今回はファンクラブ会報にも掲載がなされた。
今回の来阪は一日のみである。出演番組は前年の一日目からFM局一本を減らした形であった。
ただ、夕方のFM局の番組はサテライトスタジオでの公開に変わっていた。これは嬉しいことだ。
ガラス越しに生トークが伺えるというわけだ。
これはなおさら、〈かぶりつき〉をゲットしなければ腹の虫がおさまらない(笑)。
「支部長」はエンジニアであるため、夜勤もあるタイプだった。対して私は昼勤のみ。
がしかし、うまくあちらもその日を休みにしてくれた。
というわけで、サテライトスタジオにはより早めに到着した。
現在ではこのサテライトスタジオは撮禁になっているが、この当時は規制がなかった。
安心してカメラを持っていった。
~続く