英語ではない世界
トルコを旅行中、2回ほどカザフスタン人の旅行者に会った。
イスタンブールの宿で同室だった女性と、コンヤのバスターミナルから中心部まで同じトラムで向かった男性2人組である。
どちらもトルコ語を理解し、英語は苦手だと言いつつけっこう流暢に話している。
さらに自国語に加えてロシア語は当たり前、つまり英語とトルコ語を含め4か国語を話していたことになる。
日本人のわたしからすると天才かと思うのだが、中央アジアに来てみてそのような言語運用能力がそれほど特殊ではないと知る。
まず中央アジアの共通語はロシア語であり、ロシア語+ウズベキスタン語といったふうに、2か国語での表記は一般的である。
さらに、トルコ語と中央アジアの言語は通じるところがあるのではないかと思う。
たとえばウズベキスタン語とトルコ語は数の数え方が似ているように見える。
ウズベキスタンの首都タシケントの公園の中には本屋が並んでいるが、目を引くのは英語教材の充実ぶりである。
他の国でも英語の教室は何度も見かけたため、英語の習得に力を入れているのだろう。
もともと自国語に加え、語尾が活用しまくる難解なロシア語を操る人々である。
言語を比較し習得するコツを心得ているのではないかと想像する。
他の国では相手が国籍のわからない外国人である場合、とりあえず「ハロー」と声がかかることが多い。
しかし中央アジアでは外国人にはロシア語という雰囲気である。
「ニーハオ」「コニチワ」などという呼び込みやからかいは別として、ザ•東アジアな顔立ちのわたしにロシア語で言葉がとんでくることが何度もあった。
もちろん観光地や宿では英語を話せる人も多いが、相手が英語を解さない場合、わたしが英語で何か言うと「ロシア語は少しわからないのか」ときかれることもあった。
外国人には英語、ではない世界。
「ハロー」じゃなくて「ズドラーストヴィチェ」の世界。
彼らがロシア語を使うのはソ連との歴史的な経緯があるからである。
ロシア語を使うのは感情的にどうかと思ったが、どうやら日常的に広く使われていそうである。
スタンの国々の各国語を覚えたほうが面白くはあろうが、滞在期間の短い国はその国固有の言語を使う機会も少なく、共通語のほうが汎用性がある。
そんなわけで語学アプリでロシア語を始めた。
出国前スペイン語と韓国語は時間を割いたが、ロシア語は時間がなかった。
中央アジアにいる間にどこまでできるだろうか。
そのようにしてロシア語に意識を向けつつ観光していたが、ある日ローカルパンケーキ屋でロシア語のメニューを見たとき、読み取れる単語が少し増えているのに気付いた。
肉、チーズ、卵、バナナ、チョコレート。
それだけだけれども嬉しい。
不可解な文字の羅列だったものの中に意味が読み取れた。
さらにその夜、英語を話さない宿のおじいさんにロシア語で「おやすみなさい」と声をかけたところ、同じ言葉で返事をしてくれた。
スパコーイノイ•ノーチ。
初めてロシア語で就寝前のあいさつを言えたその日、わたしの言語地図にロシア語が加わった。
(ウズベキスタン、タシケントのMing Urik遺跡。
遺跡もおもしろいが、横にある土産屋だかなんだかよくわからない店舗のドアが気に入った。
言葉がわかれば尋ねたいことはたくさんある。
模様の意味などはいちいち気になる)
(同遺跡にかけられていた布。
博物館や遺跡では「写真撮ってもいいですか」、市場では「これいくら?」、宿では「トイレットペーパーください」が最頻出の例文)