こんばんは!ハガルですふんわりウイング乙女のトキメキ


先日の土曜日は

星風繭遊(ホシカゼ ケンユウ)名義での

ソロデビューライブだった。


記念すべき初ライヴを目撃してくれたすべての皆さん、ありがとうございました!!






思ったより多くの方が足を運んでくれて

嬉しかったなぁおねがい


緊張して前日は全然眠れなかったけど(笑)


初めてのお店、泪橋ホールは、アットホームで昭和レトロな感じで 雰囲気良い空間だった。


皆さまにあたたかく見守られて、

なんとか無事に、

星風繭遊としての最高のスタートが切れたと思う。


この日は、ライブならではの貴重な体験もあったよキラキラ


共演した落語家の三遊亭栄富満さんから、なんと急遽「出囃子(でばやし)」を頼まれたの!


本来、出囃子は三味線でやるものだけどね。


何事も経験だと思って「やります!」

と反射的に答えてしまった私。


もちろん事前の合わせはなしだけど、

彼の雰囲気に合ったものを

即興で琵琶で弾いてみたら

気に入ってくれたようで、ホッとしたよ昇天


それはさておき、繭遊の琵琶語りで

「耳なし芳一」を最初にやったのだけど、

平家の亡霊に「平家物語」の壇ノ浦のくだりを聴かせる場面で、不思議な体験をしたんだ。


語っている最中に、突然、

今までに感じたことのないような

猛烈な喉の渇きに襲われたの。




なんか、険しい顔つき。。。



リハーサルでも、日々の練習でも、

こんなことは一度もなかったのに。


なぜ、本番のあの瞬間だけ?


後から、気づいた。


壇ノ浦は海上の戦い。


追い詰められた平家一門は補給路を断たれ、

真水にも事欠く状況だったと言われている。


目の前にあるのは飲めない海水ばかり。


あの渇きは、

かつて壇ノ浦で散っていった人々が

「水が欲しい」という苦しみを

私という器(身体)を通して

訴えていたのかもしれないなと。


そう思わずにはいられないほど

苦しいくらいの喉の渇きだった。


あんな、喉がカラカラになったのに

よく声が出たし、かすれなかったのが奇跡だよ驚き


そして「壇ノ浦」のクライマックス、

二位の尼が入水する場面では、

私の意思とは無関係に、涙が出てきたんだよね。






技術で泣いたのではなく、身体が勝手に反応したの。


幼い帝を抱いて海へ沈む無念、覚悟、悲しみ。


それらが私の中に流れ込んできて、

私はただの「依り代」として、

そこで涙を流したのかもしれないね。


お客さまたちの前で、

私は琵琶と共に、「あの世」側に いたのだと思う。


ライブが終わった瞬間

あれほど苦しかった喉の渇きは

嘘のように治っていた。


きっと彼らが私から離れていったのだろう。


泪橋ホールからの帰り道に、

私の相棒の琵琶さまと ふたりぼっちで

眺めた 歩道橋からの 東京スカイツリー。






なんとか家に帰りついたが、

ライヴ翌日の昨日は

完全な「もぬけの殻」状態だった真顔


依り代になって、

エネルギーを使い果たしたのだろう。



なので、今日は

空っぽになった自分を取り戻すために

近くの温泉へ行ってきた。


壇ノ浦での「渇き」を癒やすかのように

たっぷりのお湯に浸かって、リセット完了。


ようやく私自身に戻れた気がする。


もうひとつ、この話には、奇妙な続きがあるの昇天スター


鎮魂の祈りを込めたライブの翌日にね、


甥っ子が「修学旅行に行ってきたよ」と

LINEで写真を送ってきたの。


その写真を見て、私は息を呑んだよびっくり


写っていたのは





なんと、厳島神社の大鳥居‼️


厳島神社といえば、

平家の棟梁・平清盛が深く信仰し、

極楽浄土を模して造営した

いわば、平家一門の心の故郷だよ!


壇ノ浦の海で苦しみ、水に焦がれていた彼ら。


私がライブでその苦しみを語り、

涙を流して鎮魂をした翌日に

こんな写真が届くなんて。


「ありがとう。おかげで、輝かしい時代の、懐かしい場所へと還ることができたよ」


そんな平家の方々の声が 聞こえたような気がした。


彼らは無事に、還るべき場所へと

還っていったのかもしれない。


こんなシンクロニシティが

星風繭遊のデビューライブにおきたことを

私は、生涯忘れないだろう。


そんな日に泪橋ホールで、同じ時を過ごしてくれた

すべての方々へ、ありがとう❤️




今日も、このブログにたどり着いてくれたあなたへ、ありがとうハートのバルーン