自分にできること・・・って。4 | はねまるの羽頂天ブログΖ

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だらしなくたっていいじゃないスか

強風で砂埃が目の前を黄色にしてしまう中

鉄棒のあるグラウンドの隅で子どもが数人ボール遊びをしていて


ボールを受け取った子どもにみんな集まって

車から降りた初めて見る顔の私たちをジッと見ていた。


国が地図にコンパスで書いたようなまん丸の外側。

どこかの国の研究者のシュミレーションでは内側。


ここから遠くに見える海は、元は絶景だっただろう

その海はずっとずっと下の方に見えている。

でもこの小学校と同じ高さにある道路を挟んだ向かいの田んぼにも

船が転がっていた・・・。


テレビには映されない小さな避難所。

らこさんは迷い無く真っ直ぐ体育館に入っていった。


私は外でテントの下に積まれた

薪にする瓦礫の切れ端や

たいして多くは無い飲料用のポリタンク

プールに溜めた水で洗濯する腰が直角に曲がったおばあちゃん

手足を洗う場所で煤だらけの鍋や鉄板をゴシゴシこすっている人たち

どろどろになって帰ってくるおじいちゃん

私はすぐそばにいた。

そのおじいちゃんが誰かを呼んでた。

おばあちゃんが1人来て

おじいちゃんはポケットから何かを取り出し

自分の服でそれをゴシゴシ拭いて

方言で聞き取れなかったけど

『ほらこれ!これじゃないのか?』

おばあちゃんに手渡してた。


おばあちゃんは両手で大事そうにそれをじっくり見て

所々指で拭いて・・・泣いてた。


泥の中から見つけられた大事な人の位牌。


何かそばにいるのが申し訳なく思えて・・・

私はそこから少し離れて

積み上げられたゴミ袋を眺めてた。


キャンプの後に出るようなゴミがいっぱい。

でもそこに「楽しい」って感情はあるはずもなく

トイレの水もバケツに汲んで流してた

プールサイドに干された洗濯物は

砂交じりの強風でバタバタ揺れてて

下着は干されてはいなかった。


なんとも言えない気持ちで

私は外から体育館の窓を見上げてた。

窓越しに見える内側の補強の鉄格子が

ガタガタガタガタガタガタ!!!

揺れて・・・

携帯電話を見たら震度3。


地震、津波、原発、風評

私は揺れの中改めて思った。

「今俺は、あの福島におるんや」 って。


ため息が何度も出るたびに

埃で喉が痛く、咳きこんだ。


女性は皆スッピンで・・・

男性は皆泥だらけ・・・


家のあった場所は海になってたり・・・

戦争みたいに自衛隊の車が何台も走ってる。


今、自分にできること・・・


何もなかった・・・。


災害派遣のボランティアの人たちが

黄色いベストを着て私の横を通って

4人くらいだったけど

責任者の人たちに挨拶してた。

その日にやっと来られたようで。


聞いたら避難所は2500箇所もあるらしい・・・


テレビで見たのはほんの一部の大きな避難所。


帰り際に涙を浮かべて私にお礼を言ってくれる

おばあちゃんたちに・・・

私は・・・


私は・・・


言ってはいけないこととわかってて・・・


「頑張ってくださいね」 って。


それしか言えなかった。


今、この文章を書きながらも

やっぱり涙が出る。


たった一日

いや、たった数時間。


そこにいただけ。


いや・・・


そこで見てただけ。


悔しくてね。


何もできない自分がね・・・


「今、そこに何が必要か?」って?

私は一応答えるけど


それは「安心」や・・・って。


大阪市には集まった支援物資が

倉庫一杯に要請がなくて余ってるらしい。


うん。もう物じゃないのよな。

あんなところで「安心」なんかない。


小さな余震でも、おばあちゃん震えてた。


国の偉いさんの天下り率先の電力会社

原発誘致して補助金も腐るほど出たやろう。

確かにその原発のおかげで暮らしてた人たちもおる。


全く関係なく昔からの暮らしをしてきた人たちもおる。


離れて安全な場所で

責任追求だけが不安なお偉いさんたち。

今までも、高~いところに座布団敷いて

たくさんの実働の人間達を泣かせてきたやろう。


右向け右で

カラスは白で・・・


悔しいけど

私が今頃原発の勉強して語っても

な~んにも出来ない。


早く安心できる場所を創ってやれるのは

やっぱり国力なんやと思う。


ほら・・・お偉いさんのお望み通り、海辺では

白いカモメが黒いカラスになった。


自動車税、取得税の軽減措置・・・?

車庫証明や印鑑証明はいるんやろう?

家も無いのに・・・


私は格好つけて

義援金をしてたのかも知れない。

それもすごく大事な事やってわかってる。


でも・・・数百円で並んでる福島の野菜とか

食べる食べないはその人の勝手でも

それをわざわざ避けないことも・・・

支援になるんちゃうの?


そう思った。


そしてまた遺体安置所や

名前のいくつか書いた葬儀場の横を通って

渋滞する道を

仙台市内に戻って・・・


色んな事を考えながら

春八で飲んだ。


2日目は10時間も飲んでた。


無事だったみんなに、また会えて

ほんまに嬉しくて

不謹慎なくらいマシンガンみたいにしゃべって

笑った。


来てよかったと思えた。

見てよかったと思えた。

言葉じゃなく

行動じゃなく

これから私が付けていく力。

それの使い方を

しっかり考えさせられた。


そしてホテルに帰って少し寝て

岩手に行ってた従業員が迎えに来てくれて


仙台を後にした。


なにがし理由をつけて

動かないのにただ集まって

一時の知識でギャーギャー語らず


今、自分にできること


もう1回みんなそれぞれ考えようや。


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