『最後から二番目の恋』第7話
今回は千明と和平の関係が大きく動くというよりは、彼らを取り巻く登場人物たちの日常や悩み、心の機微が丁寧に描かれた、まさに“余韻の回”だったように思います。

 



特に印象に残ったのは、渡辺真起子さん演じる水野が、ふと語ったあの言葉。

> 「忘れないうちに言っておくけど、あのとき小豆島まで来てくれてありがとう」

何気ない女子トークの中で交わされた一言。だけどその言葉には、歳を重ねた者にしかわからない、時間の重みと切なさが込められていた気がします。

 



このシーンを観ながら、ふと私自身のことを思い出しました。
もう5年ほど前でしょうか。家族が久しぶりに揃った食卓で、私は思い切って言いました。

> 「お父さんは、あなたたちと一緒に生きてこられて、本当に幸せだったよ」

ちょっと照れ臭かったけれど、「言えるときに、言っておきたい」――そんな気持ちでした。
誰かに何かが起きてからでは遅い。
感謝の言葉は、元気なうちに、届くうちに、言葉にしたほうがいい。
水野のセリフに重なるように、そんなことを改めて思い出させてくれた回でした。


今回は「キュンとする」とか「胸がチクチクする」といった言葉がとても印象的でしたね。

年齢を重ねると、毎日が同じことの繰り返しになりがちで、大きく心が動くような出来事は少なくなる。
けれど、そんな中でも誰かにキュンとしたり、ふと胸が痛くなるような感情が湧き上がったりすることって、実はとても大切なことなんだと思います。

 



成瀬先生が言っていたように、

> 「治す薬はない」

――でも、それでいいんです。
そういう感情は、“生きている証”なんですから。

医療が発達して何でも治ってしまう世の中、治らない病があってもいいんじゃないでしょうか(笑)

 

千明と和平の関係も、周囲から「付き合ってるの?」「どういう関係なの?」と聞かれる場面がありました。
でも、二人は答えを出さない。結論を出してしまうと、きっと今の心地よい関係が壊れてしまうから。

いちばん大切な人
幸せであってほしい
結論を出したくない
だから楽しい
現実にしちゃうと楽しくなくなっちゃう


そんな曖昧さの中にある幸福もある。
明確な形にならないからこそ、続いていく関係
そこに共感した視聴者は、きっと私だけじゃないはずです。


それから、典子と千明の会話も心に残りました。
モデルの仕事をしている彼女が、自分の「作られた自分」「何も持たない本当の自分」の間で悩んでいる――。

 




作り物の自分も、本当の自分も、どっちも自分なんだと思います。

誰かと会うとき、人は少なからず“取り繕った自分”になる。
でもそれを「偽物」と切り捨てず、「それも私」と受け入れることが、きっと大人の成熟なんだろうと思います。


そして今回も、成瀬医院の受付の森下さんがいい味出してました。
ほんの一瞬の登場でも、その場の空気をパッと軽くしてくれる、そんな存在。
こういう“脇役が立っているドラマ”って、本当に豊かだなと感じます。


もうひとつ忘れられないのが、万里子が語った「味噌帳」の話。

「思いついたことや感じたことを書いておくと、いつの日か発酵してより良いものが生まれる」

この言葉、まるで人生そのもののようだと思いました。
すぐには意味のないような気持ちや出来事も、時間をかけて発酵させれば、深い味わいになる。
そう思うと、毎日のちょっとした“チクチク”も、“キュン”も、大切にしたくなります。

 



 

『最後から二番目の恋』――
一見何も起きていないようで、じつは心の中でたくさんのことが起きているドラマ。
今回も、静かな1時間の中に、たくさんの“心の動き”を受け取りました。

これからもこのドラマと一緒に、自分の“味噌帳”を更新し続けたいと思います。


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