メッセージを頂いた方、ありがとうございました。のちほど個別にお返事させていただきますね。

 

どの方も「余計な」「差し出がましい」「私なんかが」と前置きしてくださっているのですが、本当にそんなことはまったくなく、全て私の活力になっています。朝から泣いてスッキリです。ありがとうございます。

 

変な夢を3つも見て(二つは死が関係する)、ついに私もやばくなってきたと思いながら、

昨日書いたブログを読んでまたもう一人の私が囁きます。

 

「いつまでも被害者ぶってるんじゃねーよ。子供が被害者!」

 

「はいはい。あなたが辛いのはよくわかりました!わかるよ!でもね。あなた次第なの!私たちにはどうすることもできないの。肩を抱いて泣かせてあげても、また弱音吐くでしょ!」

 

「結局あなたは自分で答えを持っている癖に、「どうしたらいいの」って聞いてくる。最初から私の話なんて聞く気ないやん。」

 

もう一人の私はとても厳しい。痛いとこばかりついてくる。

 

前を向きたいと思って走っていて、今、ベッターんとコケた。それで、気持ちが落ち込んでうずくまっている。そんな状態。でも、やっぱり立ち上がっていかないといけない。

 

「娘の障害」やっぱり辛いけど、「絶対に無くならない」。

 

絶対になくならないなら、どうにかするしかない。と立ち上がれるような力がまた少し湧いてきました。

 

「言葉だけの支援なんて意味ない」と書いたこともありますが、私がいつも救われているのはいただく「メッセージ」からでした。

 

書くことで気持ちを吐き出す自分にはやはり言葉の力は偉大だと思います。大切なことをまた忘れていました。

 

未熟です。すぐ忘れます。いいことより悪いことしか思いつかない性格です。

 

「頑張っている人」を見ると「私は無理」、「私にはできない」といつも思います。

 

そして、「そんな風に頑張れるのは余裕があるから」と思って僻んでいます。そして、「小さなことから始めてみて」とも言われたら「だから!できない!しんどい!もう頑張れない!」と苛立っていました。やる元気がないのはもちろん、やって失敗したら嫌だと思う気持ちが強いからです。

 

たぶん劇的なことって起こらない。小さな積み重ねが自分を幸せにするのかなと思い始めています。

 

娘の障害ばかり考えている自分は「なんとかしたい」という思いからでした。

 

「でもなんともならない」ので小さいことから、できることからやります。

 

それが家の掃除でも、何でも。いいかなと。