[personality] キムジョンヒョン、四角でも円でもないアイドル | hachiのブログ…from time to time

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[personality] キムジョンヒョン、四角でも円でもないアイドル


http://ize.co.kr/articleView.html?no=2013122308027266344




SHINeeの ‘Everybody’はおもちゃの兵隊がコンセプトだ。
眠っていたおもちゃの兵隊たちが目覚めてダンスをし, 踊りが終わればまた倒れて眠る。
しっかり人がゼンマイを巻いただけ, 思いのまま動いて停止するおもちゃたち。
しかしトイストーリーは私たちに人間が見られないおもちゃの世界があることを知らせてくれた。
人間に楽しさを与えることが彼らにはかなり大変な労働で, お互いの人生の喜怒哀楽について語ったりもする。
例えば, SHINeeのキム・ジョンヒョンがこの間、ツイッターに残した文のように。
“ああ、そしてみなさん。ミノが僕をホビットだとからかいました(涙)僕はデビューの時より1センチも大きくなったのに(涙)”


SNSを活用するアイドルは多い。
ユーモア感覚を発揮するアイドルも, 世の中に対する所信ある発言をするアイドルも若干いる。
しかしキム・ジョンヒョンのように、時には燥と鬱の間をはらはらするように行き交うほど感情表現の幅の大きい場合は多くない。
Melonの授賞式で大賞を取った後、自分が泣く写真をあげて
“ごめんなさい力不足な僕がこんなに大きな報いを受けても良いのか、震えて恐ろしいです。
どんな姿を見せても支持してくれるあなたのおかげで”と言う一方, 映画<観相>を見ては “ルルルラルラ 家で鑑賞してるんだけど、すごく面白い。
メンコンイ寺小屋(学習歴史マンガ)をしきりに思い出す映画だね!” といった文を書く。
当然だ。二十三の青年だから。
しかし当たり前ではない。二十三のアイドルだから。
キム・ジョンヒョンはKBS 「不朽の名曲」でパニックの ‘左利き’ を“僕は両手利きだ!” と改詞した舞台を披露した。
少し理性を失ったようなあっけにとられたそのステージが終わった後, インターネットでは公演の特定の部分だけを切り捨てて彼をちゃかす掲示物が上って来た。
インディーズミュージシャンならファンどうしで共有して終わるおもしろいイベントが,
アイドルには彼の実力と性格を規定する根拠になってしまう。





“一時(いっとき)だ、一時だよ。 鋭い感情の記憶が鈍くなる 鈍くなって四角が擦れられて円になる。
” キム・ジョンヒョンが作ってIUにあげた ‘憂鬱時計’は愛に関する歌だが,
このフレーズだけはアイドルが出会う世の中に関することのように感じられる。
感じた分、尖く表現しようと思えば, 世の中は丸くなりなさいと言う。
楽しくてもあまり大きく笑ってはいけなくて, 悲しくても落ち着いてなければならない。
おもちゃの兵隊のように大衆が願う時だけ動いた方が良い職業。
ところが, キム・ジョンヒョンは尖りも丸くもない、自分の方法をさがして行く。
‘アンニョンドゥルハシムニカ’という言葉が世間を賑わせ、ある性的少数者が自分が安らかではいられない境遇を掲示板に残し,
キム・ジョンヒョンは彼女に “僕のツイートで望まない注目を引かれたり、イシュー化で被害を受けられないか心配で”と DMで返事した。
自分は “芸能人として, 別の意味で大衆を対する少数者”として “違うことを認めない世の中に多くの喪失感”を感じ,
“違うことは間違がいではないということを真っすぐ叫ぶ姿を応援”すると。


アイドルの丸くない考えに世の中はまったく同じな方式で対応する。
ある者は彼を ‘概念’ があると誉め, ある者は政治的と言いながら避難する。
この事で派生された極右サイト イルベ(ネトウヨ)とSHINeeの数名のファンの反応に対して
‘イルベ VS SHINeeワールド’ のような見出しを抜き出した媒体もあった。
しかしキム・ジョンヒョンの文が知られたことは相手側が DMを公開することを承諾したからだ。
自分の独特の位置のために相手が被害を被るのではないかとDMを送った。
相手が公開を望むと、これから起ることを甘受して承諾した。
自分の鋭さに相手が怪我しないようにという礼儀。
鋭さが世の中に露呈してしまうことを恐れない勇気。

キム・ジョンヒョンの政治的立場や彼がプロフィール写真で使うほど支持する、掲示板に込められた主張はあえて副次的だ。
匿名のインターネットではどんな言葉も排泄されるが ‘身分’が公開されれば一言いうにも注意深いな世の中だ。
その世の中で青年たちは自ら、自分の考えをあきらずに, 礼儀のある伝達方法を学んだ。
アイドルは DMが公開されることを恐れず, 学生たちは切迫した境遇を丁寧な言葉に込めて実名を明らかにした掲示板に貼り付ける。
だから, キム・ジョンヒョンや ‘アンニョンドゥルハシムニカ’を書いた青年たちに何か一言いいたい大人がいるなら、
褒め言葉や批判の代わりにすまないと思ってほしい。
20代の青年が140字の立場, 通りの掲示板一枚もこんなにも愼重で丁寧な態度を持たないと、
自分の言葉が言えない世の中を作ったすまなさ。


キム・ジョンヒョンの行動に雄大な意味を付与する必要はないだろう。
彼はただ自分の尖った意思を丸い世の中に伝達する方法を探しただけだ。
‘アンニョンドゥルハシムニカ’が今すぐ、世の中を変えてしまうこともできないだろう。
ただ期待することができるのは、こういった態度を持った人の生きて行く人生だ。
‘憂鬱時計’は、絶え間なく ‘憂鬱だ憂鬱憂鬱’を繰り返しながら, 憂鬱な感情にむしろウィットを吹き込む。
キム・ジョンヒョンとIUは最大限に感情を排除したような声で, 少しずつリズムに乗って小さな日常で感じる憂鬱さを描く。
そのように感情をぎゅうぎゅう押さえこみながら、少し声を高めて歌うリフレインはどこか哀れに感じられる。
憂鬱さまでも少しはユーモラスにやり過ごしながら、むしろ複雑で微妙な感情をもっと正確に表現すること。
キム・ジョンヒョンが作詞したSHINeeの ‘Dangerous’には ‘Trouble うわさだけが
Double’, ‘お前は原型のない暴力たちに闇の中により隠れ入り’というフレーズがある。
しかし彼は闇の中に隠れ入る代わりに自分の感情を音楽で上手に伝達する。
そして, 彼は今日発表されるソンダムビの ‘Red Candle’を作りながら作曲家としての立志も少しずつ広げて行く。
ステージの上のおもちゃの兵隊のようなアイドルがステージの外に下りて来て、ゆっくり自分の音楽をやっていく。
自分の尖った考えとまん丸い方式を守ったまま。世の中はそうして、また少し変わって行く。


校正. キム・ヨンジン


(翻訳:母の会翻訳部長)





izeのカン·ミョンソクさんのコラム
ぶりおちゃんについて書かれていたので 翻訳してもらいました。






不朽の名曲について書かれてましたけど
この番組の初回の出場者に選ばれて 頑張ってた頃 日本デビューを控えてほんとに忙しかっただろうに
でもすごくイキイキしていました。

「左利き」は すっごく楽しそうで今でも何度も見てます。






好奇心が強く 感受性が強く それでいて繊細な彼は いろんな行動をするのですけど
おかあさんの目線で見ていると
どちらかと言えば ハラハラしてしまうことの方が多いのです。

若い方から見れば 面白い子だとか カッコイイとかになるんでしょうけど
変に世の中を知ってしまっているおかあさんには
その若さゆえの尖り方や その反応でリアクションを起こす彼を見て
「もっと上手に生きればいいのに」と・・・


このコラムの

「彼はただ自分の尖った意思を丸い世の中に伝達する方法を探しただけだ。」

を読んで 

そうだ、若いからこそできるんだ、と思い出しました。





自分の10代20代を思い出したら
人の言うことなんか聞かなかったし
上手くいかないことも多くて よく泣いたり怒ったりしてました。

会社や仕事に対して尖っていた時期もあったし
どうして自分はこうなんだろう?って悩むことも多かった

今思い出せば 20代は 今よりは楽しくなかったな(笑)


30歳で子育てのために社会を離れ 10年経って社会に戻った時
完全に目線が変わっていて
20代必死になっていた自分の甘さが可笑しかったし
ほんとに青かったなあってわかりました。


今 自分の店を持ち 自分の会社を持って仕事が出来るようになった基盤は
とても愚かだったと思える20代があったからだ思う



その尖っていた20代を見守ってくれていたのは
まわりに居た 丸い目で世の中を見ていた今の自分の世代の大人たち。


「よくぞ我慢強く 小娘の相手をして 好きにさせてくれたものだ」と
今は感謝しかないです。


そして 独立するときに たくさんの力を貸してくれたのは
尖った小娘と一緒に仕事をした先輩たちでした。



今の仕事の目標の一つには 力を貸してくれた方々への恩返しをしたいってことと
もう少し自分に力がついたら
若い人の力になってやりたいというのがあります。



若いのだから いろいろやってみればいい
失敗もすればいいし たくさん泣いてたくさん怒ればいい


願わくば 彼の周りに いい大人がたくさんいてくれることを願ってやみません。
ほんとは自分が飛んで行って 話をしたいなんて アホなことを考えてますけどね(笑)




久しぶりに



ペタしてね


これのいいね!バージョンも欲しいわねあせる


 
ずっと書きたいと思っていたことがあります。

たぶん長くなりますので
SHINeeのことが読みたくて遊びに来てくださってる方はスルーしてくださいね。






自分の子供たちが 思春期を経て 大人への階段を登っていっています。
今年は 2人とも受験生。
いろんな選択を前にして 悩んだりあがいているのを見て
親として そして社会の先輩として 助言や手助けをしてやっていますが
不思議と自分の子供たちに対しての方が 冷静で厳しかったりします(笑)



うちの子は 2人ともある意味とてもマイノリティな道を歩んでます。


どうしてこうなったんだろう?と思うわけですが
まあ ウチの家では 「変」って言葉が 褒め言葉なんで
これは親である自分のせいですね(笑)



娘は マイナーと言われる競技で 選手生活を10年送ってきました。
プロもない世界です。
小3のころから 学校が終わるやいなや練習の日々
家に帰るのは夜中遅く
部活じゃないので 試験のための休みもないし 体調が悪くても休めません。
骨折をしても 筋力を落とさないために 患部以外を使って練習します。

中学までは 友達とは 学校でしか会えないので
遊んだこともなく 学校の友達との思い出は何もないそうです。


高校は スポーツの関係の学科に進んだため
学校の友達とは 競技は違えど 気持ちを分かち合えるので
かなり学校生活が楽しくなったようでした。

高校時代は 競技では 大きな一歩を踏み出せたし
競技選手として いろんな経験も出来ました。


その反面 背負うものも大きく
大きなクラブでやらせていただいてるので
普通の高校生が普通にやっていることは できない部分も多い
だから高3にもなって いまだにガラケーです。
自分を律しないといけないからです

昨年 「I’AM」の映画をいっしょに観たのですけど
同じように幼いころから 自分を律して生きてきた子たちを見て
どう思うのかと見てましたけど
開口一番

「デビューできたからいいじゃん。どんなにしんどくてもお金稼げるんでしょ。
 私はどんなに頑張っても何にももらえないよ」

娘の進んでる道には 常に上しかなく どこまで行っても上を目指すしかない
もちろんプロがないので 稼げる当てすらないですから。



そして一番恐れていたこと
競技選手としてやっていくうえで 身体的に大きいハンデを抱えることになってしまいました。


少ししかない練習のない時間には 病院とリハビリ
夜間は硬いコルセットをして寝ています。



進路を決めるにあたって
自分にはこの先 もう競技選手としての希望はないと
彼女なりに判断して 競技の世界から逃げる手段を考えていました


親から見て滑稽で愚かだと思える位必死で逃げようとしてました。


正直 このまま進んだとして 彼女が夢見てきた域に到達できる可能性はものすごく厳しい
ただ 親として ここで逃げるという選択肢をさせることは
彼女の人生にとって大きなマイナスになってしまうことは明白だったし
厳しい道でも 自分なりにきちんと終止符を打てるところまでは進ませなくてはいけないと思いました。


それは 大学という新しいステージで すべてをリセットしてイチから出直したい娘には
重たい足かせをはめることで
どう考えても いまよりもっともっと苦しい生活が続くことになることでした。


でも 逃げて簡単に出直せるほど人生は甘くないし
彼女がここまで育ててもらった恩師たちに まだ何も返せていないどころか
まだ彼女には 大きな可能性すらあったので


たんに母親としてみれば
娘がこんなマイナーな道を歩むのではなく
ふつうの大学生で楽しいキャンパスライフを過ごすということもさせてあげたいという気持ちもありました。


でも どう考えても 今 それをすることは
彼女が必死で歩んできた10年をなかったことにすることだし
見ていて彼女はまだ競技が好きで仕方ないし
もっと強くなりたい 競技選手として 夢を叶えたいという気持ちが
根底にあるのがわかっていたので。



なんどもなんども話し合い(ほぼ私が話していて娘は泣いているだけ)
娘の意見も聞いて 娘の希望についても調べたり 行ってみたりもしました。
そして娘には 大きなハードルともいえる交換条件をだして
追い詰めました。



結果は ハードルを目の前に突き付けられて逃げ道をなくして
自分の足元がやっと見えて 押し殺してきた自分の気持ちに気づいて
競技の道を進むための進学をすることになりました。


これからの事は 自分で決めていけるように
人の力は借りず 自分の力で大学受験にも挑み
大きなハードルをクリアして 第一希望の大学に合格できました。


これは大きな自信になったようで
悩み続けたこの1年間はどこへ行った?というほど元気になりました。



今 新しい戦いが始まりました。
厳しい道になるんだろうとは思うのですけど
今までと違い 自分の意志で本気で立ち向かってるから
もし敗れても もう大丈夫だろうって思えますし
そこからまた学んで 次に進めると信じてます。






そして 息子


まあ変わった子なんですけどね。
娘以上に変わった子です


常に自己完結
なんだって自分でやります


中2のころから 煮魚だって作れるし
母親がやってくれないときは 黙って洗濯もするし
牛乳がきれたからとスーパーにだって行きます。
最近 勉強の息抜きに家事をしてくれます。

好きなことしかやらないので
なにをいってもムダ
でも 人様に迷惑をかけることもなく
学校の先生曰く 学校では友達も多く社会性もあるらしい



小さなころから 算数の好きな子で
小1の担任からも
「算数の時間は目の色が変わるので おかあさん何かさせてやってください」と言われたけど
なにをさせていいかわからないので ほっていました



レゴブロックが大好きで レゴマニア
テニスを始めたけど 全然うまくないけど 
テニスに関する知識だけは 貪欲に吸収していく


海外の試合の結果を早く知りたくて
海外のサイトを検索してみてるのですが
そのために英語を勉強するようになりました。



要はマニアック

とにかく数学が好きで仕方がなく
勉強をしない姉の高校の教科書をもらって
独学で数Ⅲまで勉強してしまう変わり者


建築家になりたいと言ってたのですが
最近 NHKの「神の数式」という番組を見て
目覚めてしまいました


物理学に・・・


もともと アインシュタインがどうのとか言ってる子でしたけど
もう完全に物理学の世界に目覚めてしまった



クリスマスになにか買ってあげると言ったら
リクエストは本で

明解量子重力理論入門 (KS物理専門書)
ホーキング、宇宙を語る―ビッグバンからブラックホールまで
大栗先生の超弦理論入門



ですから・・・

「面白いよ 読んでみたら?」と言われてますが
見た瞬間に寝れそうです



お客様と話していて 息子が物理学とか言い出して参ってますと話したら

「ダメよ ほんとに使い物にならないからね。
 まだ工学部はいいんだけど 理学部だけは 就職もないのよね。
 教授になれる人は一握り あとはほんとに頭がいいだけで 仕事がないから
 うちもそうだったから 高校3年間かけて 親族で説得して 医学部に行かせたわ」と・・・


おばあちゃんにも話したら

「それは困ったもんね。男なんだから 就職して家族を養わないといけないから
 普通の道を歩ませなきゃ」



何人の人にも その道だけは進ませちゃダメよと言われたのですけどね



ほんとに楽しそうに勉強するんですよね
受験勉強ではなく物理学を


ホワイトボードに延々と数式を考えて書いたり
高校の物理の本をノートに日本語にまとめて
それをもう一冊のノートにグーグル翻訳を使って英訳して書き写す
そんなことに時間を割いてます。
物理学は英語ができないとダメらしいので




塾の先生自身 国立大の理工学部出身なので 息子の師匠でして
わからないことはなんでも教えてくれるそうで楽しく塾に通ってますが
先日志望校を最終決定するために会いに行ったら


「今はね、受験勉強をしなくちゃいけないんですけどね
 物理学をやるなって言ったら 彼がしんどくなっちゃうんですよ。
 だから年内いっぱいは 僕も我慢してます。
 年明けから ちゃんとさせますから。 
 
 彼の知的好奇心を満たしてくれるのは ○○大学しかないでしょうね~日本には
 第一志望の高校は 高校の中では かなり彼のやりたいことが出来る特殊な学校です。
 だから合格しないとね。
 でもそこから○○大学は 厳しいけど まあやるしかないですね。
 ただね やっぱりその先を考えないとね。
 ただ勉強が出来るだけじゃ 世の中使い物にならないですから。
 彼の救いは オタクではないことです。
 好きな勉強を活かして 仕事にしていく方法を考えないとですね。
 まあ 日本ではJAXAぐらいですかね・・・」



まあよくぞ息子のことをよく理解してくださってるものだと感心しました。
いい大人に出会えた息子は幸せ者ですね。



最近では なぜかクラシックを聴くようになってまして
勉強するときクラシックを聴くと 頭がすっきりするらしいです
お気に入りはショパンでしたが
最近 ウチの慶応大学の理工学部数理科学科出身の異色の税理士さんから 
リストを勧められて 聴くようになりました。
今や この税理士さんも息子の友達の一人です。

洋楽も聴きますが 好きなのはツェッペリンの「天国の階段」だそうで


理系の子は だいたいクラシックを聴くそうです
塾の先生は
「そのうちバッハを聴きますよ」と断言されてましたけどね(笑)





なんでこんな変な子に育ってしまったんだろうと
頭がイタいんですけどね



ずっと考えてたんですね
でも好きなことをやらせてやりたい

親として安心できる道を勧めるのは 親のエゴだろうと
普通にそれなりの進学をして 就職して独立してくれたら
楽だろうな 親としてはね
でも それもなあ・・・


で やっぱり親のエゴで好きなことをさせないのは嫌だなと結論がでまして
先日 息子を連れて マックに行って(食べさせると機嫌よく話を聞くので)
話しました。


「やりたいんなら やんなさい。
 ただね その道は ほんとに仕事がないんだよ。
 大学4年いって 院2年ドクター2年 そして就職できない
 教授になれるのは ほんの一握り
 そういう世界だよ。
 よく言われるのが 「頭はいいけど役立たず」
 
 それを覚悟してやんなさい
 やっぱり男だからね 家族は養わなきゃいけないんだよ

 だからやる限り一流になんなさい。
 8年大学にも行かせてあげるわ 働くわ、ママ
 浪人も2浪までさせてあげよう

 海外の大学に行っていいよ
 
 とにかくその道で一流を目指しなさい

 そして今は まず志望校に合格すること
 3年間物理学を勉強できるかどうかは 今にかかってるから
 落ちたら 普通の受験校に行くことになるから
 3年間大学受験のためだけに勉強することになる
 物理学をやりたいなら 合格するしかないから
 覚悟しなさい」と



そう言ってやったら スッキリしました。


結局 ふたりともマイノリティで 楽ではない道を進むことになりそうですが
でも それで本人が楽しければ それでいい。





やっぱり好きなことをやってたら楽しい
好きなことだけをするってのは 楽な道ではなく大変なことなんだけど
頑張るから 楽しいんだから





ま、まだ子どもたちには支えが必要なので
かなりの覚悟が必要ですが
尖って青かった小娘ももういい大人になったので
腹をくくれば 人生なるようになるもんだってのがわかるようになりました(笑)




腹をくくるってことが出来るようになるのは
やっぱりいろんな経験をしたからだと





ウチのバカ娘に変人息子
そして変わり者のアイドルぶりおちゃん←


どの子も どこまで腹をくくってやっていけるかしらねえ



丸い目で世の中を生きているおかあさんは 腹をくくって応援して行こうと思ってます。