ビアン業界一位の短気を目指せ!

ビアン業界一位の短気を目指せ!

人よりも、少し気が短く。
人よりも、少しイライラ回数が多い。
そんな、短気でイライラな自分観察日記。
毎日のイライラを書き溜めて、
『こんな事でイライラ?! ちっちゃ!』
と、突っ込み入れたくなる自分を綴ります。

私ってヤツは、どうしょうもなく愛を体験、体感したいんだと思う。

『愛』というモノに気持がいくし、目がいってしまうのだ。

今のこの地点から過去を振り返ると、何度も何度も『愛』は私に気付かせようと働き掛けてきた、私の心を繋ぎ問いてきていた。


しかし当時の私には、『愛』というモノの定義や、壮大さに畏怖の気持ちや、畏敬の念が強過ぎて惹かれながらも遠巻きに観察していたように思う。



最近そんな自分に『愛』を赦し始めたように思う。

赦し始めると、『愛』という事象は続々と現れる。

そして世の中には『愛』のなんと多い事かと気付かされる。



恥ずかしがらずに、カッコつけず『愛』を楽しみ、『愛』を謳歌しよう。




内地で過ごした数日はスケジュールみっちりで、会いたい人達、やりたい事を全てした。

帰る前日には二丁目にも行けビアン談義に花を咲かせた。


そして、島に帰って来た。

島に着いた時も✈️、自分の部屋に着いた時も、『あ〜帰ってきたぁ😊』とホっとし😌嬉しく感じた。

次の日職場に行くと『おかえりなさい』という声掛けが嬉しく、心が温かくなった。


東京には気のおけない友達が居て、新宿二丁目があって、便利な交通網がある。

この島には、まだ友達も居ないしビアン談義も出来ないし、便利な交通網も無い。

それでも、今は私のホームで好きな場所になっている。

内地に一度帰ったからこそ気付けたこの感情は幼馴染のお陰だ。


幼馴染からの最期の贈り物はまだまだ有りそうな予感がする。




亡くなった幼馴染のお姉ちゃんとランチをさせてもらい、大切で貴重なとても意味のある話を沢山聞けた。

私が帰るべきだったのは、この為だったんだなと思えた。


幼馴染は30年同じ職場を勤め上げている。

その職場に戻る事、また働く、という事を目標にしていたそうです。

その彼女の想いは十分に伝わっていたようで、病室には職場の人が沢山御見舞に来てくれていたと教えてもらった。

そして皆が泣いたり笑ったりと賑やか過ぎて、苦情が入るほどだったと。

極めつけは、泣いた後とわかる顔ではあるものの、亡骸となった幼馴染を囲み薄っすら笑顔を見せながらピースサインしている何人もの職場の人達の写真を見せてもらえた事だ。


モルヒネを投薬していた幼馴染は、うわ言で『私、愛されてたんだ』と言ったそうです。


病室は愛に包まれていた事は事実で、彼女はそんな空気に囲まれて、そして感じていたんだと思う。

彼女は生涯独り身で人生を終えたけど、彼女は沢山愛されていた。









羽田空港のシステム障害から始まり、納骨堂の定休日というオチ。

私の考えに、亡くなった幼馴染がちょっと怒っているのかな🙄



でも、当初とまた考え方変わってきているよ😙

魂になった貴女はとっくに解っているよね。

彼女は逝ってしまった。

でも、私は母の時と同様に良かったと感じた。

気力も体力も落ちている彼女が余命宣告通りに生きれば、苦しむ時間を増やすだけだっただろう。

真意はもちろん私には、ワカラナイ。

でも、良かったと思うのだ。


電話で話せた事は私の救いだ。

でも、『抗がん剤辛かったけど頑張ったんだよ、そるなのに。』その言葉がずっとこびり付いている。