おはようございます!

今日は3月11日ということで東日本大震災の発生した日となりますが、よくよく調べてみると東日本大震災は2011年に発生した地震ということで、もうあの地震から13年も経っているのかと、いや一方で13年しか経っていないという見方も個人的にはできるのですが、朝からあの時の地震のことを思い出して色々と感慨に浸ってしまったwataruです。

 

ということで本日は「3月11の僕」というテーマであの時の僕の記憶とか、思い出みたいなものをダラダラと書いていこうと思います。

 

今から13年前東日本大震災のあった2011年3月11日、当時の僕は12歳でちょうど中学一年生が終わろうとしていたころ、それこそ終業式とか、学期末テストとか、そのくらい1年の締めくくりをしようとしていた時期で、地震が発生した当時は学校にいてみんなが大掃除をしている中僕はフラフラと色々な教室に行って友達と遊んでいたようなそんな記憶がある。

 

廊下に出てふらついていた僕は大きな揺れと共によろめいて、なんとかその場にしがみつくことが精一杯だったし、何より学校内から聞こえてくる女子の悲鳴や地震の影響で盛り上がってしまったというか、破損した廊下を見た時にこれはとんでもないくらい大きな地震なんだろうなというのを幼いながらも感じていた。

 

実際に家に帰ってきても家の中は停電していて、蝋燭をたいて夜を過ごした記憶もあるし、その後何日も学校にも(学校は正直曖昧だが、、、)僕が当時通っていたサッカーのクラブチームの練習にも行けなかったのでその予想は的中したのだが、あの時の記憶を思い返してみると初めて自分の身を脅かされたというか、多分生死というものを強く意識した初めての記憶になっているんじゃないかと思う。

 

というのも停電して電気が家にないというインフラを断たれた経験や僕が何気なく毎日通っていた学校や必死に練習を積んでいたサッカーの練習もなくなったことで、一気に僕の日常がなくなっていくような感覚に陥ったというのが大きな要因になっているんだろうと思う。

 

今考えるとあの当時の僕はどこか人ごとのような感覚があって、一生流れてくるACのCMにイラついていたり、”何もなくなってすることがなくなったというのは言い換えればゲームができるということか”という具合で当時ハマっていたモンハンに齧り付いていたし、そのくらい他者のことを想像できずに自分の世界だけで生きていたそんな中学生だったなと、まああの当時に自分が何か人の為にと動けるほどの力は持っていなかったかもしれないが、今こうやってあの年齢から約2倍になった自分から振り返ってみるとまた見え方が変わって面白いなと、どこかあの時の青臭さとか無駄な尖りを思い返して懐かしくなりました。

 

ということで本日は「3月11の僕」というテーマでお話をしてみました。

ではまた!