おはようございます!

昨日は夜中に雪が降っていて配達中は散々な思いをしたので、”そんな苦労させてくるなら、このまま降り続けてしっかり積もって雪合戦ができるくらいにならないと俺の気持ちは落ち着かねーぞ”と思っていたんですが、今日の朝起きて外出たら思っきし晴れていてまあ晴れなら晴れでいいかと思ってしまったwataruです。

 

それにしても昨日の冒頭で自分の中の懐メロを聞いていて涙が出たというようなお話をしたんですが、その続きで昨日はオレンジレンジさんの曲をたくさん聞いていたんですがこれが全然涙なんて出てくる気配もなくて、やっぱり歌っている内容とか、曲調とか、その曲を聞いていた時の思い出とか、そういう複合的なものから涙はくるものでただ懐メロだからという理由ではないんだなと思いました。

 

ということで本日は「やっぱり大事なのは見た目なんじゃないか」というテーマでお話をしていこうと思います。

 

というのも昨日配達中に本の要約・解説をしてくれる動画を流し聞いていて、そこで色々な知識を得ていたんですが(と言いつつ2、3冊分くらいだった気が、、、)、効率的な勉強法の話から考えさせられることがあって、世間では”人は見た目が9割”とか、いやいや”人間大事なのは中身だよ”というような感じで終わりのない”人は見た目か中身か”論争を繰り広げていますが、ここに終止符を打とうと思います。

 

というわけでまずは”なんで効率的な勉強法の話?”というところが気になっていると思うんですが、これには理由があって最近になってというか大人になってから僕は勉強をする機会がかなり増えていて、まあビジネスやお金について学んでいたり、それこそ勉強的な意味でいくと世界史を学んでみたり、今では自分のやりたいことの為にピアノを学んでいるし、という感じで色々な分野で学ぶことを多くやっているので、ここの速度をより上げていきたいなと思って効率的な勉強法の要約を見てみることにしたんですね。

 

するとまあ色々なやり方を教えてくれて、”人間の構造上こういうやり方が上手くはまります”というような知識を得られたんですが、その中で一つ面白いものがあって、それは”人間は基本的に視覚でものを認識しているので絵とかイメージで記憶する方が圧倒的に覚えられる”というようなものだったんですね。

 

まあこの結論自体は色々なところで語られていると思いますが、実際に僕の記憶とかを遡ってみても文字だけとか音声だけとかで得られたものってなかなか記憶に残りづらいんですが、人の名前は思い出せなくても顔はわかる人がすごく多いし、今でも小学校から家までの帰り道はよく覚えているし、自分が見たものとか、視覚で捉えた情報ってすごくよく覚えているんですね。

 

これを勉強に実際に応用しようよと言っているのが僕昨日聞いた本の内容ではあるんですが、こうなった時にやっぱり人って目で認識するというところが強い生き物なんだなと思って、まあメラビアンの法則とかでも言われている通り、やっぱり人間という生き物の生物学上で考えるとまず大事にしないといけないのは見た目でしかなくて、ここに気を使うことが圧倒的に大事なんだと改めて思いました。

 

もちろんそこがあった上でしっかりとした中身を持っていることも大事ですが、というか何を目的にした時の論争なのかというそもそもの議論の定義づけをまず最初にするべきかなとは思いましたが、まあどちらにせよどんな人でも人間という生き物自体目から得られる情報、視覚で認識する情報に強く左右される生き物なので、ここをしっかりと抑えて見た目を大事にすることには時間を割いた方がいいなと思いました。

 

ということで本日は「やっぱり大事なのは見た目なんじゃないか」というテーマでお話をしてみました。

ではまた!