『医療過誤』 | 心よろず屋

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常態行動心理学者の瀬木と申します。
此処では心に纏わる様々な事をテーマに日々綴ります。
心に纏わる凡ての事にお答えを差し上げます。
貴方の心の宿り木は此処に有ります。

医療ミスによって一人の患者が亡くなった。
併し現行法では医療ミスによる死亡は罪に問いにくい。

医師は病院を追放されたが刑に服する事はない。
だが此がもしも故意に行われた物であったとしたら?

そしてそれによって報酬を得ていたとしたら?
貴方は其を赦す事が出来ますか?

この物語は医療現場の裏側に潜む真実の物語。

国立K病院は都内屈指の外科治療の権威が集まる病院。
外科医を志す者にとっては憧れの場所であった。

本編の主人公もそんな外科医の一人である。

彼には忘れられない辛い思い出がある。
其はひき逃げ事故によって妹を失った事である。

しかも犯人は直ぐに保釈され罪に問われる事はなかった。
其は犯人が政治家の一人息子だったから。

兄思いの迚優しい妹だった。
兄にとっては自慢の妹だった。

許せない!あの犯人だけは絶対に許せない。
幼い子供の心に宿った悪魔はその後も心に棲み続けた。

併しその裏側で二度と妹のような犠牲者を出したくない
そんな思いも又、強く無意識的に医学の道を歩んでいた。

あれからもう30年の歳月が経過していた。

妹を失った悲しみも薄れ医療人としての誇りを全うし
日々患者の命を救う事だけに命を燃やしてきた。

そう、あの日が来るまでは…。

その日、病院へ着くと直ぐ院長室へ呼ばれた。
院長は慎重な面持ちで私へ語り始めた。

大変難しい外科的手術を要する患者が運び込まれてくる。
その患者は政治家で院長とも浅からぬ縁があるとか。

院長に頭を下げられ最初は緊張の余り固辞するも
やはり外科医魂が熱く滾り執刀する事となった。

手術日当日の朝を迎えた。

何時もの様に病院へついた彼は何時もの手術室へ。
相手が誰であれ全力を尽くすだけだと言うのが心情。

だが患者が手術室へ運ばれ手術台へ載せられ
顔を見た瞬間彼の顔は凍りついてしまった。

何と其処にいたのは30年前妹を死に追いやった犯人その人
彼の生涯を賭けて復讐を誓ったその相手であった。

経年の衰えこそ有るものの見間違えたり等はしない。
医師は怒りに肩が震え手元のメスが小刻みに揺れる。

看護婦が心配そうに見つめているのに気づいた彼は
直様元に戻り手術が開始された。

大変難しい手術だったが神の腕を持つと言われた程の
天才外科医、何とか無事手術は成功し命は救われた。

併し手術も無事に終わり経過も順調に回復していき、
退院してまもなく患者は突然血を吐いて絶命した。

実は別の箇所に癌があり其が爆発し血管を破損、
其が元で亡くなってしまったという。

折角先生に命を救って貰ったのに申し訳ないと、
嘗ての政治家だった父親は頭を下げ退室していった。

深々と患者の父に頭を下げた彼の顔がにたりと笑った。
そして患者の父が出ていった後、腹を抱えて笑い転げた。

遂に俺は復讐を果たしてやったぞ。

あの時、小さな傷を内蔵につけたまま縫合した。
その傷は時間を掛けて癌化して彼を襲った訳だ。

だが私があの時、内蔵を傷つけた事を識る物はない。
あの時、指に塗り込んだ毒薬が傷口に塗り込まれた事も。

直ぐにでも殺してやりたかったが直ぐにでは面白くない。
妹が苦しんで苦しんで苦しみ抜いて死んだのだ。

あの苦しみと同じ苦しみを味わわせてやる。

そうして患者の体は徐々に衰弱していき遂に時限爆弾が
体の中で爆発したのだ、此で俺の復讐は終わりだ。

笑いがこみ上げ止まらなかったが不意に扉をノックされ
彼は笑いを隠して平然と戻り扉を開けた。

其処には院長が立っていた。

院長は黙って部屋へ入るとそのまま窓の方へ歩いていき、
一言ポツリ呟いた。その瞬間彼の顔から血の気がひいた。

院長はこういったのだ。
『復讐は済んだかね』と。

院長は全てお見通しの上で私に執刀させたのだ。
大恩ある人の子息を殺める事を容認したのだ。

何故?どうして?頭が混乱していくのを感じていた。

『君のお母さんとお父さんが結婚する前の話だが、
    我々は恋仲だった。何れは結婚の約束をしていた。
    だが君のお父さんに負けた、そして彼女を奪われた』

そういうと院長は此方へ向き直り椅子に腰を下ろした。

『併し我々は君のお父さんの目を盗んで密会していた。
    その頃君のお母さんは第二子を身籠っていてね』

『まさか!?では妹は』
目の前が真っ暗になるのを彼は感じていた。

『その通り、君の妹は私と彼女の子だ。
    彼女は其を隠して二人共見事育て上げた。
    だが不幸にも我々の犯した罪の罰は我々にではなく、
    我々の娘、つまりは君の義理の妹へ襲いかかった。
    娘が事故死した事は直ぐに伝えられた。
    併し父と名乗れぬ私は葬儀にも参列できなかった。
    自分が犯した罰を呪い娘の命を奪った犯人を呪った。
    しかもその犯人が我が恩人の息子だったとは…。』

膝をついて彼は頭を抱えその場に突っ伏した。

『その頃から私の殺人計画はもう練られていた。
    君は君があの息子の内蔵に傷をつけた所が癌化して
    なくなったと思っているだろうが本当は違う。
    私は点滴の中に少しずつ毒を混ぜていたのだ。
    勿論無味無臭で体内で分解され毒は残らない。
    併しそれも繰り返せば内蔵を破壊する威力はある。
    今回の殺人計画は私と君の二人の成果なのだよ』と。

彼はもう何がなんだか解らなくなっていた。
併し何とか理性だけは維持し発狂を抑え込んだ。

『だから君は罪悪感を感じる必要はない。
    此は全て私が仕組んだ事なのだから』と。

その後院長は職を辞して病院を私に託した後に失踪。
数年後富士の樹海で首吊り死体となって発見された。

遺書には全て告発されていたが彼の事は一言も書かれず全て自分の独断によって行われたものと告白されていた。

前院長の遺志を彼はしっかりと受け継いだ。

許せぬ悪を医療過誤と言う形で天罰を与え、
彼も又、同じ運命を辿る事となったのだ。